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一切れのパン
これからまた4年間もあのぶっしゅ・じょ~じ君のお顔と茶番劇ショーを見るのかと思うと、がく~っと来ますが、それに拍車をかけてくれたのがこのニュース。先日の香田某君。彼の遺品は「紙のナプキンと石」だという。24年間生きた人間の最後がこれ?なんと儚くなんとあっけないものよ・・・。人のイノチなぞ、こんなものなのか。

そして、この「石」、何かと思いきや、はぁー。なんと「死海の石」だった。彼もまた、死海のほとりに立っていたのですね。きっと初めての死海で楽しかったのでしょうか。私のうちにもあります、死海の石。対岸のヨルダンを眺めながら、そこで拾った石でしょうか。妙にリアルにその姿が想像できてしまう訳です。いくら彼の責任とはいえ、なんだかとってもやり切れませんよ、私。個人的にはいろんな意味で、この事件はきっと忘れないだろうと思います。


こんな話を思い出しました。とてもとても長いお話ですので、気が向いた方だけ、お付き合いくださいませ。



「一切れのパン」 フランチスク・ムンティアヌ著



第二次世界大戦中に僕の祖国ルーマニアと隣国のハンガリーはドイツの同盟国で、僕はハンガリーの首都のブダベストで水運会社に勤め、ドナウ川を行き来する艀で働いていた。二週間ぶりにブタペストに帰港した僕はを待っていたのは妻ではなく、突然船中に乗り込んで来た水上警察で、有無を言わせずに拘引されたのだが、実際、僕にはその理由が全くわからなかったのだった。

連れられた警察の一室で、警官と若い中尉から国籍について簡単な尋問と理不尽な侮辱を受け、同じような仲間のいる地下室の暗闇に投げ込まれた。彼らはそこでこんなことを教えてくれた。一週間前にルーマニアが同盟国のドイツから寝返ってソ連側と手を結んだために敵国人として逮捕されたのだと。

そして彼らは2日間何も食べ物を与えられていなかったと聞いて、僕も船の仕事が忙しくて朝食も食べていなかったのを思い出して、急に飢えが迫ってくるのを感じたのだ。その翌日の夕方に僕らは、一度も食事を与えられず行き先も知らされないままに窒息しそうに息苦しい貨車に押し込まれてその駅を出発した。

僕たちの押し込まれた車両は古く床板は腐っていて、一面に散らばった木切れと鋸屑とから、僕は直ぐに木材運搬に使われていた車両だとわかって、他の連中がその事に気がつく前に鋸屑をベッド代わりにするために自分のまわりにかき集めた。横には頭をそった背の低い老人が目を半開きにしたままうとうとしていた。そして僕の方に身を屈めてこう言った。

「君はどこから来たのですか?」

言葉のアクセントがユダヤ人特有のものに違いないと思ったので、彼に聞いてみた。

「あなたはユダヤ人ですか?」

彼はびくっと身をちじめて、

「しっ。人に聞かれないように。」

と、指を口に当ててから、誰にも聞こえないようにヒソヒソと僕に打ち明けたのだった。彼はシゲト市(ルーマニア北部の都市で当時はハンガリー領)の郊外に住んでいるラビだったのだ。

翌日の貨車の中での話と言えば食べ物の事ばかりで、誰かがティミシュ-トロンタル地方(ルーマニア西部)ではサルマレ(ロールキャベツに似たバルカン地方の料理)をどんな風に作るか説明しはじめると、もう一人はトランシルバニア地方では彼の女房の料理に勝る者は一人もいないと興奮気味に話し続けた。

それから、お役所式の面倒な手続きのためにハンガリー国籍を取るのが間に合わずに逮捕されたハンガリー人の職人は、口汚なく罵りながら床板をはがしはじめた。そこで、やはり同じくハンガリー人で気性の激しい男が数人、彼を手伝い、数時間後には車体の車軸の真上の床板を外すのに成功して、僕たちは夜が来るのをひたすら首を長くして待ったのだった。

人々は脱走については、一方は脱走に賛成し他方は反対して、ラビは何人かが脱走した場合には脱走する勇気のない人々に後で災いが及ぶのではないかと件念していたようだった。そして夜中の二時過ぎに、列車は空襲のために荒野の真ん中で停車を余儀なくされた。そこで迷わずそのハンガリー職人は開いた床の口にするりと体を入れた。

「誰が俺と一緒に来るのだ?」

結局彼に従ったのはたったの三人だけだった。それから四人目が貨車の下に降りてこう言った。

「君も来ますか?」

ラビが心配そうに僕に聞いたのだ。

「・・・行きます。あなたと一緒に行きましょう。連れて行ってくれますか?」

「もし来たいのならば一緒にいらっしゃい。」

それから爆撃は一時間足らず続き、車両の下に降りた僕たち6人は列車が出発するのを線路の間に寝そべって待っていたが、最後の車両のデッキに多分歩哨が立っていて、僕たちに気付き警報を発するかもしれないと、そのことが気がかりだったのだった。年老いたラビは不安そうに蒼い顔をしていたので、彼の近くによって、彼に貨車内に戻るように勧めた。

「ラビはユダヤ人です。もし今度捕まればそれこそひどい目にあうでしょう。仮に今ここで逃げ切ってもその後はどうするのですか?あなたにとっては今のようにルーマニア人として捕虜になってる方がよいのではないでしょうか。」

ラビはしばらく考え込んで、やがて僕の言うことにうなずいて、別れの握手をすると貨車に戻って行った。その時は彼に良い忠告を与えたと心から信じて疑わなかったのだ。

「そうだ、君....。」

「なんでしょう、ラビ。」

僕はすこし心配になって聞き返した。

「君の忠告にお礼をしたいと思ってね。」

ラビは小さなハンカチの包みを差し出した。

「この中には一切れのパンが入っている。きっと何かの役に立つでしょう。」

僕は感謝しながら包みを受け取ってもラビはまだ車両の開いた口から去ろうとしない。

「まだ何か....?」

「君に一つだけ忠告しておこう。そのパンは直ぐ食べずにできる限り長く持っていなさい。パンを一切れ持っていると思うだけでずっと我慢強くなれるでしょう。まだこの先々、君はどこで食べ物にありつけるか分らないのだよ。だからハンカチに包んだまま持っていなさい。その方が食べようという誘惑に駆られなくてすむ。私も今まで、そうやって持って来たのです。」

すると汽車は動き出してしまい、僕は歩哨に発見されるのではないかという恐怖に駆られて、地面にぴったり顔を伏せ、ラビに最後のさよならも言うこともできなかった。

しかし幸運にも、何事も起こらないまま汽車は僕から遠ざかって行ったのだった。それでもまだしばらくは、車輪の響きが聞こえなくなってしまうまでは、身を起こさなかった。どこか近くで爆撃があって、薔薇色の炎が空に立ち上っていた。

「さて、どの方へ行こうか。」

と、誰かが尋ねた。職人が言った。

「みな別々の方向へだ。一緒に出掛けるのはまずいぞ。そんなことすりゃ、かえって早く見つかるだけだろう。」

職人ともう一人の男は線路に沿って歩き始めた。後の二人は左手に広がった林に向かって消えて行った。僕はしばらく決心がつかないまま、枕木の上に腰を下ろしていた。もしラビが一緒ならば少なくとも一人きりにならなくてすんだのにと、もう今となってはラビに貨車に留まるように勧めたことが後悔された。

遠くの方からは、立ち去った仲間たちの足音がまだ聞こえていた。そして不気味な沈黙が訪れ、僕は恐怖に襲われた。躊躇い気味の足取りで、嫌々ながら爆撃された町の方へ向かって歩き出した。ふと、後戻りして、林の方へ向かった仲間たちの後を追っ掛けようとも思ったが、林の方角は暗闇に包まれ、もう彼らを見付けることは不可能だった。

僕は激しい飢えを感じた。喉は渇いて頭はズキズキ痛んだ。目を閉じると瞼の裏に色とりどりの小さな玉が躍り狂い、それはシャボン玉のように膨らんだり縮んだりした。僕はラビからもらったパンを思い出し、ポケットの中の包みに触ってみた。

パンはカサカサに固くなっていた。老人はきっと随分と前からこの一切れのパンを持っていたのだろう。よし、これを食べよう、と思った時、ラビの忠告が僕の記憶に蘇った。

「いや、そうだ、彼の言う通りだ。」

貨車の中で飢えに悲鳴を上げていなかった唯一の人間は彼だけだった。きっとこのパンを持っていたからに違いないだろう。

「僕は彼ほどの意志もない弱虫なのか。」

ハンカチの包みをポケットにしまい込んで、再び重い足取りで歩き始めた。そして自分の飢えを癒すために、最初に見つけた家に行こうと決心した。

明け方になってやっと爆撃を受けた町の近くに着いて、町の外れの家まであと200メートルぐらいの所で完全武装した中隊ぐらいの兵士たちが、こちらに近付いて来るのを目にしたのだ。

僕はとっさに草むらの後ろにさっと身を隠した。兵士たちは草むらの直ぐそばまでやって来てから向きを変えると、国道から原っぱの方へ行き、僕の隠れている場から程遠くない所で指揮官が何か号令をかけ、兵士たちは演習の準備をしはじめたのだ。

それからの5時間、僕は草むらの後ろでただただ震えていたのだ。姿を見付けられはしないかと思う度に身を伏せて這いつくばった。その上、飢えに苛まれていた。ある時には思い切って兵士たちに食べ物を乞おうとさえ考えたが、なんとかそれを断念した。

やっと12時近くになって、兵士たちは再び隊列を作って町の方へ帰って行き、彼らが遠ざかるのを待って同じ方向へ僕も歩き出した。ところが、市の入り口近くで帽子に羽根をつけた二人の憲兵が銃を担いで行きつ戻りつしているのを見て、道端の溝の中に身を伏せ、彼らがいなくなるまで待つつもりだった。

しかし憲兵たちはそこから去る様子は全くなかった。約200メートルの間を行ったり来たりして、市に入る者、市から出てくる者、全員の身分証明書を調べていた。僕は水夫の証明書と会社の給料支給簿しか持っていなかったのだ。そして数時間後には僕が願っていたように憲兵が去るどころか、なんとその数は更に増えはじめたではないか。町に入り込む事ができない事はもう明らかだったが、かといってここから立ち去る事もできなかった。

発見されないで姿を消すには、すっかり日が暮れるまで待たなければならず、職人と一緒に行かなかったことをとても後悔した。彼は今頃どこかで真っ白いシーツにくるまって、きっと満腹のあまり身動きもできないでいるのだろう。

線路の方へ再び戻る道は果てしなく長いように思われた。真夜中近くになって、もう死んだように疲れ果てて、一本の木の下に座り込んだ。今度こそ、ラビからもらったパンを食べてしまおうと決心した。

しかし数分間考えて、僕はそれを翌日まで延ばす事にした。夜は眠るのだから空腹は感じないですむだろう。それから僕は横になって死んだように眠った。

僕は再び船の上にいて、倉庫は素晴らしい食べ物で一杯になっている夢を見た。その後でどこかの大きなレストランのシェフになって、あらゆる料理の味見をしたんだ。

真向から日の光を顔に受けて目を覚ました。腹の中は空っぽで喉はからからに渇いていた。それでも僕はラビの包みを開けずに、立ち上がるだけの意志の強さをまだ持っていた。線路に辿り着くまではこれを食べまいと決心した。僕はポケットに手を突っ込んで、パン切れを指でさすりながら、ゆっくり歩いて行った。

前の日に出発した地点にまたたどり着いた時にはもう正午を過ぎていたのだろう。しばらくの間、僕は枕木を一つ一つ踏み付けながら早足に歩いたが、疲れてしまったので、今度は焼け付いたレールの上を両手で調子を取りながら歩いて行った。このまま歩きながら食べようか、それともどこか木陰で休もうかと迷っていた時、鉄道会社の制服を着た男がひょっこり僕の視界に現れた。本能的に隠れようとしたが、飢えはあの男を避けるなと僕に囁いた。その男は、僕から50メートルほど離れた所まで来ると、僕に呼びかけた。

「脱走者かい?」

僕は黙ってうなずいた。

「なら早くここから逃げたほうがいいぞ。昨夜ここでお前の仲間らしいのが二人、捕まって銃殺されたぞ。一人は赤い縞のワイシャツを着てたね。」

あの職人だ。
僕の足は震えはじめた。

「・・・わかりました。」

と、やっと声にならない声を出した。

「でも、何か食べ物をくれませんか。」

「何にも持っていないよ。」

「ここであなたを待っているから、番小屋から何か持ってきてもらえませんか?!もういつから食べていないかわらないんです!」

「それは無理だね。番小屋には兵隊が二人、泊り込みで見張りをしているからな。とにかく早く逃げろ!」

僕はもうなるようになれと思った。

「それじゃせめて、ここはどこなのか教えてください。」

「エステルゴム(ハンガリー北部、チェコとの国境に近い都市)の近くだ。しかし、町は避けた方がいい。ドイツ兵で一杯だからな。退却しているんだよ。」

僕は林が広がっている左手の方へ向いながら、悔しさに涙がどんどん溢れてきた。二十歳になったばかりなのに、まるでドブネズミのように飢え死にしなければならないのだろうか。太陽は酷く照りつけた。まるで、僕に腹を立てているかのようだった。僕は汗だくになった。そして、体から次第に力が抜けて行くのを感じて座り込んで、もう二度と立ち上がるまいと思ったが、自分自身に皮肉に問い掛けたてみた。

「どうせ死ぬなら、どうして木陰で死なないんだよ?!」

林に着くと、僕はラビからもらったパンの包みをポケットから取り出した。ハンカチ包みを目にした途端、胃は引きつり熱病患者のように喘いだ。もしこのパンを持っていなかったら、と僕は考えた。到底ここまでも辿り着けなかっただろう。飢えに突き動かされて、兵士たちに食べ物を乞いに行ったかも知れないし、そしてあの職人のように銃殺されたかも知れない。そうならなかったと誰が言えよう。

「いや、このパンを今食べてはならない。今はこのパン切れだけが、まだ僕に力を与えてくれる唯一の物だ。立ち上がって歩き出さなければならない。ここで時間を無駄にしていては何の意味もない。」

僕はそうして再び包みをしまい込んだ。

歩きながらもそこに確かにあるかどうかポケットの上から押えてみた。時々、僕には全てが夢にすぎず、間もなく艀の上でいつものように目を覚ますのではなかろうかとさえ思われた。

数時間歩き続けた後、森の外れに農家を一軒見つけた。その数分の後には、この苦難の道も終るものと確信して、僕は農家に近づいた。そしてまさに呼び掛けようとした時、木陰に軍用トラックが数台停まっているのに気がついたのだった。僕は歯を食いしばって、ポケットのパン切れを押えながらすぐに農場から遠ざかった。

夕暮れに僕は広い国道の真ん中に立っていた。もうどうなってもいいと思っていた。今となってはなんでも一緒さ。僕はポケットからハンカチ包みを引っ張り出して、食べようと決心した。もう、自分を引き止める力は何もなかったのだ。そしてハンカチの結び目を解きに掛かった時、僕の後ろで耳に突き刺さるような警笛が聞こえた。

振り返ると、一台の乗用車が向かって来た。慌てて包みをポケットに押し込むと、思い切り手を大きく振った。自動車を止らせようとしたのだ。すると自動車は思った通りに僕の近くで停車したが、運転台にはなんとドイツ兵が一人乗っていたのだ。

「しまった・・・!」

自分の気持ちを落ち着かせながら自動車に近づいた。自分でも不思議に思えたほど、もう恐怖を感じはしなかった。

「私はブダベストの水運会社の水夫です。」

と言いながら彼に水夫の証明書を示した。

「ブダベストまで行きたいのです。乗せてくれませんか?」

すると彼は僕に乗れと手で合図した。運転台の横に腰掛けながらしばらくは飢えを忘れたが、間もなく再び胃は激しく引きつり始めた。僕は必死にそれに耐えた。飢えていると兵士が気付いてはならない。少しでも怪しまれたら万事休すだ。そして眠りに落ちないようにと、全身の力を振り絞った。

やっとブダベストに着いた時にはもう夜が白みはじめていた。市の中心街で降ろしてくれと頼んだ。運転手は車を止め、彼に礼を言って家路に向かった。でも通りの真ん中でパンを引っ張り出すのは恥ずかしかった。なぜかわからないが、同じ食べていても、飢えた人間はそうでない人間より人の目に付きやすいような気がしたのだ。

ポケットのパン切れを上から押えながら心の中でラビに感謝した。結局は彼のお陰で自分は助かったのだ。もしこの一切れのパンを持っていなかったら、どんな事をしでかしたか知れない....。

家の近くで、僕は巡察兵に呼び止められた。僕は一気に血が顔に上って来るのを感じた。吃らないようにしっかり歯を食いしばった。

「身分証明書を見せろ!」

と、体の大きい下士官が僕に命令した。

水夫の証明書を出して、彼の前に差し出しながら言った。

「マトローズ(ハンガリー語で水夫)です。」

下士官はドイツ語の証明書をぱらぱらめくってから、他の巡察兵に向かって言った。

「なんだ、こりゃドイツ人じゃないか。」

余計な事を彼にしゃべらなかったのは幸いだった。どうもドイツ人と勘違いしたらしい。僕はさっとドイツ式の敬礼をして急いでその場を立ち去った。

そうしてやっと家に辿り着いた時、僕はもう妻の質問に答える元気もなかった。

長椅子に崩れ落ちるように横になったが眠れもしない。料理の匂いが鼻をくすぐる。そしてあのユダヤ人のラビからもらったパンを思い出して、ポケットからハンカチの包みを引っ張り出し、ほほえみながら包みを解いた。

「あっ・・・・・!
これが僕を救ったんだよ・・・。」

「その汚らしいハンカチが?中に何が入っているの?」

「一切れのパンさ。」

突然、部屋中が僕と一緒にクルクルと回りはじめた。

そして僕の手の中のハンカチからポロリと床に落ちた一片以外には、もう何にも僕の目に入らなかった。

「・・・・ありがとう、ラビ。」

それは一切れのパンではなく、一切れの木切れだった。
by ck-photo | 2004-11-04 04:33 | 日曜の哲学カフェ


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