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Klezmer(クレズマー)音楽
クレズマーとは、何千年ものあいだヨーロッパで離散したユダヤの民の歌。心のどこか一番深い場所で、いつか祖国イスラエルへ帰還する日を願い、何代にも渡って伝えてきた歌。悲しい心の叫び、人生の喜び、そして希望。そんなものがいっぱいに詰まった歌、それがクレズマー音楽。

日本では、公演1100回を超える森繁久弥氏のロング・ラン・ミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』がそんなクレズマーなユダヤ世界。このミュージカルは世界各国で公演され続け、ロシア革命直前のユダヤの迫害、そして彼らが離散してゆく過程を、ウクライナに住むテヴィヤとその家族を通し、伝統とは、家族とは、祖国とは、を描いている。

最近のクレズマーシーンでは、わたしの知人でもありレゲー・ミュージシャンから180度の転向を遂げたダニエル・アハヴィエル(Daniel Ahaviel)がイチオシ。彼の奏でるバイオリンは、彼のソウルミュージック。まさにユダヤの魂の音。出身地のロンドンではレゲーバンドで活躍していたが、ある時、自分のルーツであるユダヤとその音楽に目覚め、エルサレムへと帰還した。現在はエルサレムを拠点に、ヨーロッパ、アメリカ、そして南アフリカで離散したままのユダヤの民の元へとバイオリンひとつで飛び回る。 
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e0009669_21334285.jpgもうひとつ、クレズマー音楽で聴き逃せないのは、なんといってもMuzsikas(ムジカシュ)の『The Lost Jewish Music of Transylvania(失われたトランシルバニアのユダヤ音楽)』。ハシッド・ウェディング・ダンスなどいかにも東欧のクレズマらしい音楽。むかしの東欧では、ユダヤの結婚式と宴は安息日の晩に行われることも多く、安息日にユダヤ人が楽器を弾くのは禁じられているため、代わりにジプシーなどが結婚式でクレズマーを演奏することもありました。MuzsikasのこのCDはこちら(Amazon)にて購入できます。

クレズマー音楽に関心のある方はこちらも参考に。
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by ck-photo | 2007-06-18 20:25 | ユダヤ雑学
ちょっとお知らせ。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、実はこのブログに移る前に書いていた「中東に降る雪」というブログがありました。諸事情により2005年の11月で打ち止め終了し、その後長い間封印してあります。先日、いつも良きアドバイザーである友人からのメールで、その旧ブログのことを思い出し、一年ぶりかぐらいでログインしてみました。(はい、パスワードを思い出すのに少々時間がかかるまでに放置してありましてん・・・。)

久しぶりにそのブログを読み返してみると、自分でも驚くことばかり。ヘー、こんなことをこんな風に書いてたんや、と。そこで思いきって「開けごま!」。そろそろ自分でこの呪縛を解かなければいけないなと、旧ブログの記事を少しずつ手直しをいれながら、こちらで公開して行こうかなと思っています(それよりも370件に近い記事がある旧ブログを公開するという簡単な手もあるのですが、公開するならもう少しニホンゴ(笑)らしく手直ししたいなと)。旧ブログの記事にはタグ「中東に降る雪」を付けてゆきます。

ということで、これからもどうぞよろしくです。(ん?何が?・・・よくわからんけど。笑)
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by ck-photo | 2007-06-18 20:21 | おしらせ
カシェルなキッチン
昨日は午後からエルサレムの「ひげもじゃんベッド・タウン」、正統派ユダヤの友人宅へ仮庵の祭りのパーティーに行って来ました。友人宅のベランダのスカでのバーベキュー。自宅からバスで25分ほど、おおー、そこは異次元、見渡す限りひげもじゃん。

パーティーの写真はありませんが、さて、おなかもいっぱい。後片付けにキッチンへと。おやっ、ひげもじゃん宅のキッチンでは必須アイテム、双子シンクではありませんか。

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ユダヤの食品についてよく耳にする「カシェル(発音によってはコーシャー、コシェル)」ですが、そもそもカシェルとはヘブライ語で「適正、正しい」という意味で、食品以外でも聖書や祈祷書などの書物、礼拝用に用いられる道具、女性のミクヴァでの沐浴時などにも用いられる言葉です。また、正統派では見合い結婚では婚儀の前に数回顔合わせをするくらいで、婚前に肉体関係も持つのはタブーですが、現代風なモダン・オーソドックスと呼ばれる人たちのデートなどでも、清く正しいデートを「カシェルなデート」なんて言いますね。

さて、話は少々ずれましたが、食品のカシェル規定にて定められていること(旧約聖書レビ記11章参照)では、ひづめの割れている動物、胃袋が反芻した動物、そしてそれらの動物もカシェル規定の屠殺法と血抜き処理されたものだけが食べてもよいものとなります。よく豚は衛生面などで禁止されていると思われていますが、園根拠は信憑性はなく、単に胃が反芻していないので食べることを禁止されています。また、海のものでは、鱗とヒレのあるものだけが食べられます。くらげやイカ、サメなどは食べられません。野菜や果物についてはどんなものでも食べられます。

さらに食品カシェル規定には、これらに基づいたいろいろな事項があります。その中のひとつでは、乳製品と肉類を混ぜて調理する、または同時に食べることが禁止されています。それぞれ単独で食べるにはもちろん問題ありません。

例えば、禁止されている乳製品とお肉のメニューはこんなもの:

◇クリームソースの添えられた(または一緒に調理された)肉料理
◇ミートソースのスパゲッティにかけるチーズ(チーズ抜きならぜんぜんオッケー)
◇サラミやハムとチーズのピザ
(イスラエルのピザ屋ではありえなかったメニュー。非ユダヤ人の移住により最近はそれもちょっと変わってきましたが)
◇チーズ&お肉のラザニア(イスラエルではたいていはトマトソース&チーズのラザニア)
◇お肉の入ったカレーにヨーグルトを入れる(カシェルではあり得ないレシピ)
◇お肉入りクリームシチュー、グラタン(これもまたダメー)

さらに、肉類を食べた直後には乳製品の摂取はせず、何系のユダヤ家庭かによって乳製品を口にしても良いインターバルは異なりますが、一般的には3-6時間待たなければなりません。なので、ステーキを食べた後、デザートにミルク入りの珈琲やバター&ミルク、クリームが原料に含まれているクッキーやケーキなどはタブー。替わりに原料が豆乳などの代用ミルクやバター抜きのクッキー、卵白で作られたホイップクリームのケーキ(これがまたコッテコテのアマアマ)などを食べます。

その他、基本的にカシェルで禁止されている食品には、豚やウサギなどひづめが割れておらず、胃が反芻しないもの。鱗とヒレのないもの(:えび類、イカ類、貝類、うに、なまこ、うなぎ、穴子、サメ(ふかひれもね)、カニ、すっぽんなど)。また、へび&とかげなどの地を這うもの、ある種のイナゴを除く昆虫類、などなど。

そして台所では、ガラス製以外のお皿(陶磁器)やナイフ・フォーク、まな板、鍋、オーブン&電子レンジなどのキッチン用品も、それぞれ乳製品用とお肉用に分かれていて、別々の戸棚にしまいます。シンクも上の写真のように乳製品用とお肉用に分かれ、スポンジもまちがえないようにと乳製品用はブルー、お肉用は赤と分かれているのが一般的。

と、まあ、簡単にカシェル講座してみました。
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by ck-photo | 2005-10-21 08:40 | ユダヤ雑学
書かなかったこと、その雑感。
ここ最近のニュースのまとめ。

◎ 8月の終わりにエルサレムの旧市街で起きた、若きひげもじゃんズ殺害の事件「ブスッと行こう!」の犯人容疑者が逮捕。東エルサレムのアラブ系住民らしい。とりあえず亡くなった若きユダヤの男性の関係者にとってはよい知らせ。こういった事件はなくなってほしい。
 
◎ 先日に起きた北海道沖でのイスラエル国籍の船の当て逃げ事件。船長も「そんな事実は知らないよ」とすっとぼけてみたらしい。ああ~、もう。だからイスラエルは嫌われる典型的事件。なにがなんでもまずは自己防衛なイスラエル人的対応。そう、こういういい加減なことをするからさらにイスラエルは嫌われる。イスラエルのメンタリティーの悪い部分がどーんっと出た。

◎ 今週の新聞で「ハマース、ヨーロッパのジャーナリスト二人を誘拐」と言う見出しを見て、でもその記事自体は「またか・・・」と読まずに飛ばす。これでも「和平」を望む組織団体?なんて、チャンチャラおかしいのです。その他の問題も当然のことながら、ハマースが悪事をやめない限り、パレスチナの独立と和平への一歩などありえない、と世界が気づかない限りはどうしようもない。

◎ そしてそして、パレスチナ自治区でのパレスチナ人死亡率よりも、IFDとのイザコザよりも自治区内での同胞による誘拐などでの死亡率のほうが上回っていると。これが正しい情報であれば、彼ら、狂ってます・・・。

◎ ひげもじゃんのヘブライ大学の教授が「ゲームの達人」じゃなかった、「ゲーム理論」でノーベル賞を受賞。いいんでないの~。が、やっぱり「ふんっ!ユダヤ人だからね、頭良くて当然じゃない!」なんて、またまたヘンテコリンなゴシップが聞こえてきそう。ええやんか、たまには素直に受け止めれば?今夜のテレビでは、そのゲーム理論「ナッシュ均衡」のジョン・ナッシュ(1994年ノーベル賞受賞)の「ビューティフル・マインド」を放送。あれ?先週も放送しなかったっけ?

◎ ヨム・キプールにあたり、シナゴーグなどへの警戒が懸念、政府の出した「危険度」が非常に高くなっていた。祈る人を狙うというのは1973年のヨム・キプール戦争もしかりか。そしてスコットの祭り(仮庵の祭り)の間も警戒が必要と。あー、ワタシ、その間、テルアヴィヴの方面で仕事があるんですけど・・・。断るべき?でももうOKと言ってしまったじゃないか・・・。去年にシナイ半島のテロで亡くなった友人を思い出す。

◎ そして、ヨム・キプールにあたり、通りを走っていた車にひげもじゃんズが投石。けが人が出る。おいおいおっ。えーっと、シャバットを守らない車にも投石するひげもじゃんズたちよ、君たちの従うハラハ(規則)では、それはしてはいけない事だぞよ。先日は、エルサレムに新しく出来た観光客用のダブルデッカーパスにも「慎み深い服装ではないから」と、彼らの居住区の近くを通ったバスの観光客に石を投げたらしい。いきなりバスの露出した女性たちを見る羽目になったひげもじゃんズも驚いただろうけど、それ以上に観光客はさぞびっくりしたことだろう。うーん、確かに最近のファッションは必要以上に露出しているけど、なんでそういう行為になってしまうのだろうか。

こういったことが起こると、左派、または反宗教的な世俗イスラエル人に「だからひげもじゃのヤツラは!」と言われるのですよ。そしてバス会社のほうも、そこを通ることはわかっているのだから、事前に乗客にその旨を伝えるかケープを渡すなどの配慮があってもいいのでは?

エルサレムに引っ越したばかりの頃、彼らの居住区であるメア・シェアリムとの境界線がはっきりとわからずに、ノースリーブのワンピースでバス停に立っていた。すると、向かいのイェシヴァ(正統派の宗教学校)の子供たちに、塀越しに石を投げつけられたのを思い出した。その当時はどこからどうして石が飛んでくるのかわからず、ひえ~なんじゃこりゃ?と、通りかかったタクシーの運ちゃんが「ちょっと、あんた!ここ、メア・シェアリムだよ!ほらほら、乗んなさい!」と助けてくれて、ああ、そういうことかと。

が、しかーし、自分たちの教えにそぐわない人たちに石を投げることを年端も行かない子供に教える教育って何だろう、とかなり疑問が残った。そこにはラビもいたはずだからね。そして、この疑問は、一部のひげもじゃんに対して今でも持ち続けていること。

◎ 今週の交通事故による死亡者が15人ほど。こんな小さな国なのに。まったく、交通事故の非常に多い国であーる。なので、車は運転したくないのです。
 

なんかこう、ニュースって、暗いわ。
明るい楽しいニュースがあってもいいじゃないか!
いつからニュースってこうなったんでしょうね。
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by ck-photo | 2005-10-16 18:49 | 混沌の文化
わたしをゆるしたまへ。ヨム・キプールです。チキン・スープです。
さーてと、さてと。
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ユダヤのお正月を迎えてから、すでに早10日目を迎えるエルサレム。日が沈んだ後と明け方はすっかり寒くなりつつあります。ああ、やっぱり夏は終わりつつあるんだなあ。

ユダヤのお正月からの10日間。おそらくユダヤの人にとっては一番大切な日かも。ヨム・キプールなのですよ、ヨム・キプール。「贖いの日」ですにゃ。いやぁね、長い説明がもうめんどくさいのよ、この頃。なので、小難しい話は飛ばしまして簡単にね。

ユダヤの一日がはじまる日没後、今日の夕日が沈んでから、明日の夕日が沈むまでの24時間、

水の一滴もだめ~。
仕事もだめ~。
テレビも料理もだめ~。
車の運転もだめ~。
性行為もだめ~。
カミサマと向かいあう日でございます~。

なので、ほとんどのアクティビティーは禁止、当然のことながら、バスも電車もタクシーも止まりますし、店も空港も何もかも閉まり、とにかく国中がストップ。


15年ほど昔、まだワタクシが、カヨワキ若きお嬢ちゃんだったころ。初めて体験したヨムキプールの日。いやいや、当時はヨム・キプールが何たるかをよく知らなかった。その日の夕方4時ごろに、ホロンという街からテルアヴィヴに友達のところへ遊びに行ったのですが、ちょうど最終のバスに素通りされて、「まあいいや~、タクシーでも拾おっと!」 なーんて、のんきに大通りを行けど行けど、それに反比例して車がどんどん少なくなっていく。うーん、困ったなあ、・・・あら、いやー、どうしよう?!・・・車なんてもうどこにも走ってない!

歩いてテルアヴィヴまで行くには、二時間ほどかかりそう・・・んんん?おっ、背後から車の走ってくる気配が!さっと振り向いて手を振る。

「おじさーん!!!おじさーん!!しゃろ~む!」
「こんな時間にまだウロウロしているなんて、君、ささっ、乗りなさい、乗りなさい!ほら、急いで!もうこの後になったら車なんで来ないよ!」

ありがたいことに、そのやさしい見知らぬ中年のおじ様のおかげで、ほっ。ところがどっこい、テルアヴィヴの入り口に差し掛かったあたりで、おじ様。

「じゃ、僕はこっち、君の行き先とはちゃいまっさかいに」

と、さいなら~。ああ、しょうがないなあ、ここからはひたすら歩くか・・・。30分ほど歩いているうちに日が暮れて、もう通りには誰もいないし車も走っては来ない。

なんとか歩きついた、すっかり暗くなったテルアヴィヴの目抜き通りでは、ワ~!っと子供たちが遊んでいる。まさに歩行者天国。でも音楽も何にもないから、お祭りという感じでもないし、なんだかまるで大人のいなくなった後の世界のような。

そうこうして、どうにかたどり着いた友人宅。

「・・・おなかすいた~」
「ん?だめだめ!もうヨム・キプールがはじまったから、食べ物のにおいなんてさせてみろ!隣近所のうるさいおばちゃんらに、なんて言われるかわかったもんじゃないよ!」

その友人はまったくの世俗の人でしたが、ヨム・キプールだけは守るのだと。

「んじゃ、テレビ見てもいい?」
「あ~、だめ!どっちにしても何にも放送してないよ」

あら~、そうなのね?とその夜はすることもなく、ひもじさにおなかクークー。その次の日のことは全く覚えてないので、ひょっとしたらどうにかして、こっそりと何か食べたのかもしれません。


そして数年前のヨム・キプールが近づいたある日、エルサレムの自宅からいつものようにウクライナ出身のユダヤの友人S嬢に電話をしました。ところが、なんだか彼女の様子がおかしい・・・。



C「どうしたの?」

S嬢「・・・・あんたさ、あたしに何か言うことないの?!」

C「はっ?」

S嬢「・・・・そう。じゃ、あんたとは何も話すことはないから!」



がちゃっ。切られましたよ、電話を。
はいーっ????
なんだったんだ???とわけもわからずに、ヨム・キプールも過ぎてからS嬢から電話が・・・。



S嬢「あんたね、一体何年イスラエルに住んでんの?」

C「うーんっと、X年ほどっ」

S嬢「で、あんた、宗教になんて興味ないユダヤ人の私より
ユダヤ教について詳しいわよね。
それなのに、ヨム・キプールの前に私に言うことがなかったの?!」

C「はいー???何言ってんのかさっぱりわからないんですけどー?」

S嬢「えっ???」

C「はっ?」

S嬢「あんた、もしかして・・・知らないの?」

C「な、な、なにを???」

S嬢「ヨム・キプールの前にはねぇ、
親しい人に去年の至らなかったことについて話し合って、
ごめんなさいって言うもんなのよ!!」



・・・・知りませんでした、まったく。
だったらこの前の電話の時に、そう言ってくれればいいものを・・・、ね。

彼女やテルアヴィヴの友人のように、宗教を日常的に気にかけていない人たちの多くも、ヨム・キプールは特別な日のようです。ヨム・キプールには、一日中シナゴーグでの長い長い祈りに出席し、去年の全ての行いを思い返し改めます。

ユダヤのお正月からヨム・キプールまでの10日間、こうして自分の行いを振り返り、心から反省する機会があるのはとてもよいことだなぁと。だって、すぐに人は思い上がってしまったり、他人への心使いを忘れてしまったり、いい加減にしてしまったり、自分に嘘をついたりと。日々の生活では気づかないけれど、ふと立ち止まってみると、自分のいろんなことって見えてくる。だから一年に一度であっても、自らを見つめ、どこが間違っていたのか反省する。そんな謙虚さを取り戻すのは、とても大切なことじゃないかなあ。でしょ?

ということで、このブログがはじまって以来、アンポンタンな私が気づかず「むか~っ!」と思われたことも、多々あったはずです。今年はそのようなことが、去年よりも少なくなるように心がけますので(反省してんのかな~?ほんとに)、よろしくお願いいたします。って、来年も同じことを言ってたりして。いやいや、そんなことはありませんよ~。いや、・・・ないはず。

ヨム・キプールはユダヤの行事の中でも、唯一、ママンが晩餐などの準備に悩まされることのない日。がしか~し、ヨム・キプールの前にはちきんす~ぷがお鍋にコトコトと。断食の後はスープから、でございます。それは一年前に書いたこちら「ママのチキンスープとハティマ・トヴァ」(レシピつき!)をどうぞ~。

ちなみに、エルサレムのひげもじゃんな街、メアシェアリムなどでは、ニワトリさんに己の罪を着せて、首チョッパ。そのへん「チ」だらけ。成仏してくれよ~。



メモ:ヨム・キプール(東京イスラエル大使館のウェブより)

(贖罪の日)はロシュ・ハシャーナから8日後で、各人が罪を清めるための贖罪の日、聖なる審判の日、かつ「自戒」の日(レビ記23:27)である。聖書で命じられている唯一の断食日で、自分の行動の誤りを数え上げ、犯した罪をしっかりと見据える。この日、ユダヤ人は、人が神に行った罪の赦しを乞い、また知人に対して行った罪ある行動を正そうとする。ヨム・キプールには、長い祈りが続く礼拝に出ること、25時間余の断食を実行することが主な戒律であるが、宗教心の薄い人たちもこの戒律だけは守る人が多い。ヨム・キプールの厳かさは、ローシュ・ハシャナを初めその他の祭日とは格段の差である。この日の25時間、国全体の機能が完全に停止してしまう。娯楽施設は閉鎖され、テレビもラジオも放送を中止しニュースさえ流さない、公共交通機関はストップし、道路も完全に封鎖される。1993年のこの日、エジプトとシリアがイスラエルに奇襲をかけてきた。この戦争の記憶がヨム・キプールを一層重みある日にしている。
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by ck-photo | 2005-10-12 06:14 | ユダヤの暦
月を眺めて 星を数えて
さて、ユダヤの新年も明けまして、何かが変わったかというと、いんや~、口の中が甘ったるいのなんのって。ハチミツも甘いケーキもクッキーも来年の新年まで見たくないわ~という以外、何もカワットリャセン、って感じですが、久しぶりにキッチンの戸棚の奥に忘れ去られていた昆布茶をいとおしく飲み干しました。

月曜の晩、初月の出からはじまった二日間のお正月。そして明日はもうすでに金曜日ですから、ああ、今週は「あっ!」という間に安息日に突入。お正月の火曜日と水曜日の二日間、イスラームな東エルサレムを除くエルサレム中のお店も何もかも閉まり、通りを走る車もいませんでした。見かけたのはきちんと身支度を整えてシナゴーグへ祈りに出かける人たちぐらい。何と静かな二日間。が、その代わりに自宅のまわりあちこちからプププププー、ププププとショファーが聞こえていました。これもこの砂漠の季節の風物詩でしょうか。

ユダヤのお正月が2日間あるそのワケ。ユダヤの一日は日没とともにはじまりますが、カレンダーがまだなかった大昔、どうやってユダヤの人々が日を確認したかというと、旧約の出エジプト記に書かれているように新月を数えることでした。新しい月は二人の証人によって確認され、その日が月の一日目となりました。そしてそれを火を炊いたり馬に乗って隣の村々へと伝えられたのですが、月の一日目は遠くの村にその連絡が届いた頃には夜が明けてしまうことなどもあったので、そこでお正月を二日に渡って守ることで誰もが間違いなく新年を過ごすことができるようになりました。月を見つけて日付を知る、安息日のはじまりは日が沈む時、そして空に瞬く星を3つ数えて安息日が終わる。遥か昔はなんともロマンチックだなあ。

ロマンチックといえば、シナゴーグ。おお、いきなり強引なこの引っ張りはなんでや?と思われるでしょうが、ハイ、その通り、強引に引っ張りました。で、うちの近所はシナゴーグだらけ。シリアのアレッポのシナゴーグ、おっフランスのシナゴーグ、イタリアのシナゴーグ、アッメリカ~ンなシナゴーグ、シナゴーグファンにはたまらんな~な地域で、内装もそれぞれ濃ゆいものから、ヨーロピアーンなゴージャス系まで色々。

たいていの正統派のシナゴーグは一階が男性用、一階を見下ろせるような作りの二階が女性用。これはフェミニストの間では男尊女卑だ!という方もいますが、すけべえな男性諸君が祈りの最中に美し~い女性に気が散らないように、そして伝統的には女性はあまりシナゴーグには行かなかったので、二階に女性の席を作るのは合理的な面も合わせてのことでしょう。
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by ck-photo | 2005-10-06 06:36 | ユダヤの暦
安息日用のパン
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今日はこの「?」なパンのお話でもしましょうか。

安息日用のパンは「ハラ」と呼ばれます。和訳された旧約を読むと種無しパンと書かれていることがありますが、これはまったくの誤訳で、このハラと日常に食べるパンとの違いはなく、イーストも入っていますし、材料も作り方も同じものです。

さて、現在では黄金のドームが建っている場所ですが、それ以前にはそこにはユダヤの神殿がありました。話はその時代にさかのぼります。じーざすさんの生まれる950年も前の昔の時代の話。その紀元前950年頃から紀元70年、ユダヤの第一と第二神殿がローマとギリシャに破壊されるまでの間、ユダヤの人々はこの神殿に基づいた規則の生活をしていました。

神殿とは、そこにユダヤでいう「世界で唯一のカミサマ」が住んでいる場所ではなく、ユダヤの人々とカミサマとがミーティングできるオフィスのようなものとでも言いましょうか。その神殿は誰でもいつでも出入りできるわけではなくて、コハニム(コーヘンの複数形)と呼ばれる神殿の司祭たちがいて(現在のユダヤ系のコーヘンという苗字はここから来ています)、司祭でもなんでもない一般のユダヤの人々は、その当時、収穫物の10%をコハニムの日々の糧として彼らに寄贈していました。

しかし、神殿が破壊されてからは当時の規則や法律は成り立たなくなり、収穫物の10%もコハニムに寄贈する必要もなくなりましたが、神殿の崩壊から現在までかつての神殿の記憶そして未来のいつの日にかまた新しい神殿が建つことを思い続けることが、ユダヤの生活の中に取り入れられています。たとえば小麦や果物などのあらゆる収穫物の一部は、神殿時代のように10%ではなくほんの少量ですが、同じように分けられ、食べられることはありません。

そしてパンを作る時には、まずはじめするのは、こねたパン種の一部をかつてはコハニムに寄贈したように切り取って、それを誰も食べないように火の中に入れて焼いてしまいます。この、「はじめに行う」という言葉をヘブライ語で「ハトハラ」と言い、この部分を「ハラ」と呼ばれますが、これが安息日のパンがハラと呼ばれる由縁。

四角いイギリスパンのようなもの、まあるいもの、いろんなカタチがくっついているものなどなど、ハラの形も様々。その中でも代表的ななものは、4つ編にしたハラ。そして日本の小正月のような安息日には、最高においしいハラを食卓に乗せようとママのホームメイドや店先のおいしいハラが競い合って求められます。

ユダヤの法では、安息日には三度食事をしなければならないのですが、ユダヤの食事ではパンがなければ食事とはされず、安息日の食卓にはハラは欠かせません。一食目となる安息日の晩のフルコースの晩餐とハラ、二食目の安息日のブランチとハラ、そして安息日が終えようとする前に最後のアフタヌーン・ティーならぬアフタヌーン・ハラ、と安息日はハラを囲んでのフルコース。そして安息日が明けた翌日の日曜日などには、残ったハラでフレンチトーストなどなど、毎週こんな風に食べるものだから、みんな太っちゃうんですよね。

おまけのにゃんこせんせー。
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by ck-photo | 2005-01-24 07:25 | ユダヤ雑学
木々の新年 טו בשבט がやって来る!
木々の新年 トゥ・ビ・シュヴァット(טו בשבט)。

朝にベッドルームの窓に当たる雨がやけにうるさいなぁとおもったら、大きな氷の塊のようなものが、空から降っていました。

ここ数日のエルサレムでは「中東に降る雪」ではなく、なんと雹(ひょう)が降る日が続きました。ひょっとすると明日あたりは雪になるのかも。でも、やっぱりここはエルサレム。明日は青空快晴なんてことも可能ですが、短い雨季の冬の間(12月から3月まで)、一年間の雨がまとめて降り注ぎます。

エルサレムから死海へ行く途中の砂漠などでは、これからの2月、3月と砂漠の山々に青海苔を振りかけたようにやわらかな雑草が生えはじめるのを見ることができ、地中海沿岸のテルアヴィヴに向かう高速道路から見える田園地帯なども、雑草が芽を出して日に日に美しい緑色になります。

ユダヤ教では一年のうちに「木々の新年」「家畜などの動物の新年」「王様たちの新年「人の新年」の4つの新年があるとApple&Honeyで書きましたが、今週の月曜日の晩にはトゥ・ビ・シュヴァットと呼ばれる「木々の新年」がやって来ます。この木々の新年とは、エルサレムにあったユダヤ教の神殿に一年の収穫物を税として収めることがそのはじまりですが、これは長々と説明してもつまんない話なので、現在のこのお祝いについて。

トゥ・ビ・シュヴァットの晩、食卓には、デイツ(なつめやしの実)、イチジク(干し無花果)、ざくろ、オリーブ、ぶどう、麦、ナッツ類、キャロブ、スターフルーツ、など、イスラエルの土地から採れた7種類の作物をメインに用意し、春の訪れである木々の新年を家族でお祝いをします。


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この晩には安息日などと同じようにワインが飲まれますが、自然界の冬から春への色の変化を感じるようと、はじめのグラスは白ワイン、そして次はロゼ、そして最後には赤ワインという順番でほんのりと少しずつ色づくグラデーションで飲まれます。家庭によっては同じようにテーブルに白い花、ピンクの花、そして赤い花を飾ったりして、もうすぐやって来る春が待ち遠しい夜となります。

まあ早い話、ユダヤ版節分のお祭りのようなものでしょうか。
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by ck-photo | 2005-01-23 07:17 | ユダヤの暦
箱の中からこんなものが出てきたよ
前々からこの写真を載せようと思いつつもすっかり忘れていましたが、机の下を掃除していたら現物が出てきたので「あ、そうだった。」と、今更ながらに思い出しました。

さてさて、取り出したるは一つの箱よ。ちょっとピンボケごめん。
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そして、ひとおつ、中から取り出したるは?
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ダイビングのマスク・・・ではござらんよ。ガスマスク。と注射セット。ガスが散布されたらこのペンみたいなのをブスッと太ももにどーぞ。

このガスマスク、イチオウ賞味期限がありまして、あ、使用期限ですか。この前のアメリカのイラク攻撃に当たって、イスラエルでも万が一に備えて全国民に新しいマスクの交付がありました。古いマスクを交換所に持っていくとそれを無料で新しいものと交換してくれますが、余分のマスクがほしい場合や外国の方などは100シェケル(3000円ほど)ほどだったかで購入可です。 しゃれにもお遊びで「かぶっちゃいました♪ う、息がでけん!バタッ。」ってのは、ちとイヤですので、被ってみたところはご想像にオマカセ。
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この見た目、何のヘンテツもない部屋のドア。実は自宅内の一室のこの部屋は、「しゃえるた~」。部屋の中の窓にも頑丈な鉄の重たいドアが付いていて完全シャットアウト(のはず・・・)。

エルサレムにはこういった個人の家の中だけではなくて、外にもいろんな所にしぇるた~があります。普段はシナゴーグになっている地下しぇるた~も近所にあります。その他ではアパートの建物の地下が住人共同のしぇるた~になっているところが多いですね。

そういえば、湾岸戦争や先日のイラク攻撃の時などは、町中でこのマスクの箱を肩からぶら下げて~、ってな姿がよく見られました。ワタシはおしゃれさんなので、こんな不細工なものはぶら下げられません・・・ってのはウソですが、まあ、エルサレムの場合は、一応イスラーム教徒にとっても聖地とされているのと、アラブの人も大勢住んでいるので諸アラブ軍からの攻撃はないでしょうし、マスクもしぇるた~もいらないと思いますけどね。ま、用心には越したことがないということで、新市街などでもコンピュータバッグのようにごくごく普通に掛けて歩く姿が見られました。

と、こんな季節外れの、時期外れですか、のエルサレムのしぇるた~&ガスマスク事情でした。
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by ck-photo | 2005-01-18 06:54 | 中東の職人技
アラビアン・コーヒーと水煙草でも。
旧市街のアラブ地区のおっちゃん専用のカフェ。この「カフェ・おっちゃんの集い(勝手に命名)」へ水煙草をぷか~ぷか~っと吸いに近所のおっちゃん達が「よ~!」とご機嫌で集まってきます。イスラエルで初めて水煙草を見た時は「・・・あ、あやしい!オピウム???」などと、かな〜り、とんちんかんでしたが、「た・ば・こ」なんやね、これ。

いつもここの前を通るたびに、いいなぁと思っていたのですが、なんてったって、くちひげおっちゃん連中しかいませんから、・・・入れませんでした。が、今回は物珍しげに外から見ていたら中のオニーチャンが手招きするので、ちゃっかり座ってみました。店内は15人ほどのイスラームなオトコ連中のみ。かなりドキドキものでしたが、向こうもアジアの珍客には目じりがちょっと下がり気味に、ぷか~ぷか~。
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この水煙草、りんご味、バナナ味、シナモン味などなど様々な味付き。個人的にはりんご味がグー。普段煙草は吸わない私でも水煙草は吸えますが、何と言っても吸った後には「クラ~クラ~」。世界がグルルルルンッと回っちゃいますので、最近では吸うこともなくなりました。最近六本木かどこかで高いお金を払って水煙草がすえるバーがあるらしいですが、やっぱりあれはお飾り的なニッポンのお遊びであって、こちらではこんな所です。

そんでもって、アラブ・コーヒーとミントティーの登場です。この「カフェ・おっちゃんの集い」には水煙草とこれ以外には何もおいてないし、メニューなんてハイカラなものもありまっせん。そんなもんなんですなぁ。
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e0009669_6504525.jpg、アラブ・コーヒーはこの頬のこけたオニィチャンの手元にある真鍮のポットやキッチンの壁に掛けてあるポットでコーヒーを沸かしてくれて、カルダモンとコーヒーのすんごくいい香り。パチパチと真っ赤に燃えている炭ですが、これは水煙草用。

ちなみに気になるお値段ですが、グラス一杯のアラブ・コーヒーとミントティー、共に5シェケルなり。100円ちょいでしょうかね。同じもの(しかもそれほどおいしくない)を新市街のおっしゃれ~なカフェで頼むと12シェケルぐらいでしょうか。

そしてそのキッチンとは・・・・。ははは、ガッチャガッチャ。こんなんですわ。ま、汚いキッチンの食堂のほうがおいしいよね、ってよく言いますよね。あー、それって一昔前ですか?今はおしゃれに清潔な食堂のキッチンなのかな。壁につるされているのはアラブ・コーヒー用のポット(おなべ?)の数々。すべてが実用的でおしゃれ~なんて関係ないこの「カフェ・おっちゃんの集い」ですが、なんだかこれだけでも絵になるなあ。
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by ck-photo | 2005-01-16 06:42 | 中東の食卓+α