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シュトライマレ体験   カウントダウン 22/31
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写真の整理をしていて、こんなのが出てきました。

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そ、こういう帽子。
シュトライマレ(またはシュトライマ)という
正統派ユダヤの中でも
ハシディック派の正装の帽子。
本来、昔からこれは毛皮なのですが
現代では雨用のフェイクファーもあり(笑)。

この写真をみていて思い出したのですが、
これをかぶっている友人に一度貸してもらって
かぶってみたことがありました。

感想、


お、重い・・・。


帽子の内側に、カッパのお皿のような感じの
あたまに固定する部分があるのですが、
慣れるまでは重心がヨロヨロっ。
しかも頭上に異様に固い重圧感が・・・。
首がぐらぐらしました。

これをかぶってむっちゃくちゃ早足というのは
ある意味すごい芸当だったんだなあと。
ま、慣れなのでしょうが。

だからどうしたって話でもないのですが、
懐かしい思い出です。

ハシディック派とは?
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by ck-photo | 2008-01-24 01:02 | ユダヤ雑学
樹々の新年 
さてさて、今年も樹々の新年、トゥ・ビ・シュヴァットがやって来ました。
ユダヤの春分みたいなものでしょうか。

2005年には、トゥ・ビ・シュヴァットについてこんなことを書いておりましたとさ。
(またまた手抜きでゴメン。)
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by ck-photo | 2008-01-22 02:28 | ユダヤの暦
voilce mail の更新だす。
voice mail 更新ですー。
視聴にはquicktimeが必要です。
Windows用のウェブもつくってましたが、
思ったより需要がないのでボツにしましたですヨ。


さて、今回のvoice mailはなんでしょう?(笑)

シャバット(安息日)にはいろいろな歌が歌われるのですが、
ひとつの歌にもアシュケナジー系やセファラディ系、イェメン系、などなど
いろいろなメロディーがあります。
今回はシャバットのはじまりに歌われる歌
「Shalom Aleichem」をふたつのバージョンで(vocal by chika.o)。


ちなみに、わたしはMacでウェブを作っていますが、
できたものをWindowsで見ると細かいところが変・・・。
しかも今回はなぜかコメントのクリックするところが行方不明。
Macで見るとちゃんとあるんですけどね・・・。
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by ck-photo | 2008-01-21 03:32 | おしらせ
エルビス
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(Jerusalem Aug/2007)

なんだかのきっかけでプレスリーについてウェブの記事を読んでいた。
彼のミドルネームはAron(アロン)となっていた。

ふーん・・・。

・・・ユダヤの名前やねんけどなあ。


やっぱりそうだった。

彼のおばあさん、そしてその娘である彼の母親がユダヤ人だった。
つまりエルビズ自身も生粋のユダヤ。
彼の家系図を過去にさかのぼると
その他にはアメリカン・インディアンの血筋も入っていておもしろい。

生前彼はメンフィスのHebrew Academy や
Jewish Communityに寄付をしたりしていた。
一歩まちがえば(笑)、こんな髭もじゃエルビスだったかも。

意外な人がユダヤだったりして、探してみるとなかなかおもしろい。
*過去ログではこちら:あなたは何人知ってる? ユダヤ人特集
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by ck-photo | 2007-09-02 04:03 | 何気ない日々
Let there be light יְהִי אוֹר
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In the beginning God created the heaven and the earth.
And the earth was without form, and void
and darkness was upon the face of the deep.
And the Spirit of God moved upon the face of the waters.
And God said, Let there be light: and there was light.
And God saw the light, that it was good.
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by ck-photo | 2007-08-02 23:40 | テル・アヴィヴ回想録
ハヌカがやってきた!
二日前の安息日(金曜の日没)からハヌカの祭りがはじまりました。ユダヤ暦ではたいてい12月の半ばごろにあたるので、少しは年末の行事らしいというか、街も少し華やいでワクワクするお祭り。

ハヌカの8日間の間、毎日、日没にあわせて玄関先や通りに面した窓におかれたハヌキヤとよばれるオリーブオイルのランプに火を灯していきます。各家庭ではお父さんが火を灯し、こどもたちがそばで歌を歌ったり、スフガニヤとよばれる穴の開いていないドーナツを食べます。このスフガニヤ、中には赤いジャムやキャラメルクリームが入っていますが、赤いジャムは決してイチゴジャムとはいえず、むちゃくちゃ子供だましのジャムです。が、ふつうのイチゴジャムよりもこのインチキ臭さがなんともハヌカで、けっこう好きだったりします。今年お店に出ているスフガニヤがあまりおいしくないというか、パサパサしてました。(←もう食べちゃった)


(写真は去年の使いまわしでごめん)

さてハヌカですが、もともとは紀元前2世紀のマカビヤ(ユダヤの一派)と、エルサレムを占領したギリシャの戦いにあります。ギリシャ軍はユダヤの人々をギリシャ化しようとしユダヤの行事などを禁止し、エルサレムのユダヤ神殿を奪いましたが、そこにエルサレム奪回へと戦いを挑んだのがマカビヤでした。そして、まったく勝ち目のなさそうだった彼らが奇跡的に勝利し、神殿を取り戻します。そして神殿を清め、オリーブ油で火を灯そうとしましたが、そこにはたったの一日分のオリーブ油しか残っていませんでした。新しいオリーブ油が届くまでにはまだ8日も待たねばならず、しかしその一日分のオリーブ油は奇跡的に次の8日間灯り続けたということです。

このことからハヌカでは8日間、家の前や通りに面した窓にハヌキヤをおき、人々が神が起こす奇跡を忘れないようにと、ランプの火を灯します。そして油にちなんだ食べ物を食べます。代表的な食べ物には、じゃがいものおやきのようなポテトラトケス、スフガニヤなどなど。子供たちはハヌカのお小遣いをもらったり、ヘブライ文字の書かれたコマをまわして遊びます。

ハヌカの間の日没後、家々の玄関口に灯る火が美しいエルサレムの街角です。今週中にいちど、写真を撮ってきます。お楽しみに。


ちなみにこのスフガニヤ、この同じドーナツをベルリンではベルリーナと呼びますが、アメリカのケネディー大統領が1963年にベルリンを訪れたときのスピーチはあまりにも有名。ドイツ語で「わたしはベルリン市民だ」というところ、文法を間違えて「わたしはベルリーナ(ドーナツ)だ」と、ドーナツ宣言してしまいましたね。そんなにこれが食べたかったのでしょうか。
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by ck-photo | 2006-12-17 19:49 | ユダヤの暦
じっかい?
お久しぶりのこちらのブログです。コメントはまだ追いつきませんが、ちょっと体調がよくなりつつあります。ご心配おかけしました。


さて、先週の木曜は、シャヴオットというユダヤの祝日でした。

4月に「出エジプト」したユダヤの人々。それからエジプトのシナイ半島をさまよい、そのどこかの山で(シナイ山と一般には伝えられていますが、それがどこなのかはわかっていません)、モーセがカミサマから十戒を渡されます。それがこのシャヴオット。「出エジプト」の過ぎ越しの祭りから7週目に訪れます。この祝日が来ると、もうイスラエルもすっかり夏本番。

十戒、日本語で「じゅっかい」かと思っていたら、「じっかい」とタイプしないと「十戒」と漢字変換しない。ふーん、じっかい、なんですね?と、まあ、それはよいとして。

旧約聖書の十戒です。


1. あなたはわたしのほかに、何ものも神としてはならない。
2. あなたはいかなる偶像を造ってはならない。
3. あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
4. 安息日を心にとめ、これを聖別せよ。神は六日のうちに天と地と海とその中のすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。

5. あなたの父と母を敬いなさい。
6. あなたは殺してはならない。
7. あなたは姦淫してはならない。
8. あなたは盗んではならない。
9. あなたは隣人について、偽証してはならない。
10. あなたは隣人の家をむさぼってはならない。



ちょっくら、付け加え。

「6. あなたは殺してはならない」ですが、これは肉体的に殺すことだけではなく、精神的なダメージのことも含まれます。たとえば、人前で他者を辱める、他者の悪口&陰口を言ってその人を貶める、など、精神的に他者を殺してはいけない。そういうこと。

「8. あなたは盗んではならない」については、他者の所有物を盗むことだけではなく、時間なども含まれます。時間というのは一生でも限られた大切なものです。人の大切な時間を無意味に無駄にさせないように。そして、自分の限られた時間も無駄にせず、有効に使おう。

と、まあ、こんなところでしょうか。十戒のいくつかはユダヤの人たちだけではなく、宗教や国籍、民族にかかわらず、心に留めておきたいですね。



ちなみに、このシャヴオットは乳製品を食べる日でもあり、この晩のユダヤの食卓にはチーズたっぷりのラザニアなどが並びます。この写真に見覚えのある方も・・・(旧ブログに載ってましたね。笑)。
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by ck-photo | 2006-06-04 03:12 | ユダヤの暦
「出エジプト」しよう。
一ヶ月の旅を終えて、いまだエルサレムの現実と結びつかない日々ですが、4月の半ばにユダヤの暦では過ぎ越しの祭りというものがありました。旧約聖書では「出エジプト記」の話になるのですが、さて、イマサラですが、「出エジプト」って何ぞ?

ユダヤの人々はその当時、エジプトでファラオのもと、ピラミッドの建設など長い長い奴隷生活をしていました。エジプトで奴隷生活をしていたユダヤの人々は、そのナーナーな生活に慣れ、それでいいやと生きていました。そこに現れたるはモーセさん。そんなユダヤの人々のリーダーとなり、彼らをエジプトでの奴隷生活からの脱出へと導きます。ほら、昔、チャールトン・ヘストンの映画「ベン・ハー十戒(失礼! 笑)」で、海がババッバーンっと割れるシーン、覚えてます?あれですワ。エジプトを脱出したユダヤの人々はモーセと共に砂漠をさまよい、40年ののちにイスラエルの地へと辿り着き、本来の自由の身となりましたとさ。

と、そんな話なんですが、旧約聖書に書かれているそんな大昔の話と、現代に生きる私たちがどう関係するのかというと。

一年に一度やってくる過ぎ越しの祭りは、これまでの生き方を振り返って、一体どこで、何に自分は囚われているのだろうか、何を変えるべきなのか、そこからどうやって脱出すればいいのか、そんな精神的な「出エジプト」。日ごろの悪い習慣や、抜け出せないでいる様々なことから自由の身になるということ。本来、自由とはアナーキーという意味ではなく、自分のしなければならないこと責任を持って行うということなのではないかと。もちろん自分に対して、そして社会に対して。そんなリセットな時間は時々あるといいね。

で、ワタシの脱出?肉体的には出エジプト&イスラエルに到着ではなく、逆に出イスラエルでした。わははっ。精神的な脱出?ひーみーつー。
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by ck-photo | 2006-05-07 05:23 | ユダヤの暦
記憶の日
今日の日没。

たった今、イスラエルの国中に一分間のサイレンが鳴り響きました。
エルサレムの嘆きの壁の前では、式典が行われています。


ヨム・ハジカロン

記憶の日


イスラエルの国のため、愛する家族のために戦い、
命を落とした兵士たちを忘れないための日。

そして明日の午前11時、もう一度長いサイレンが鳴り響きます。
車を運転中のドライバーも、シャワーの途中の人も、
すべての人々が起立して黙祷を捧げます。

去年一年では138人の兵士が亡くなったそうです。

明日の日没からは建国(または独立)記念日となり、お祝いムードへと。
街角や家々の窓からはイスラエルの国旗。
通り過ぎる車にも小さな旗がパタパタパタ。



ちなみに先日は、もうひとつの記憶の日でした。
ヨム・ハ・ショアーと呼ばれるホロコースト記念日。

イスラエルではこの日も国中にサイレンが鳴り響き、黙祷を捧げます。
そして、世界中のユダヤのコミュニティーではユダヤの人々が集まり、
ホロコーストで亡くなった方たちを忘れないように式典が行われました。
式典では犠牲者の名が空に響き、悲しい響きのカディシュと呼ばれる祈りが
ラビによって捧げられました。

今回、私が滞在していた旅先のクロアチアでは、ホロコーストを忘れないようにと、
首都ザグレブからヤセノヴァッツと呼ばれるクロアチア最大の収容所跡に向かって
100キロほどを単独で走りぬかれたクロアチアの方がいらっしゃいました。

日本からは遠い国で起きた遠い昔のはなし。
それでも、ホロコーストは今でも忘れられず、
記憶されています。



忘れ去られたイディッシュ語の歌 

「トレブリンカ」  / 訳 by CK-Photo

            
小さな町の朝早く

服も身に着けないままに
ベッドから連れ去られたユダヤの人たち

どのようにしてその車輪がトレブリンカへ向かったのか
誰にもわからなかった

海の向こうにいる兄弟たちよ
君たちにはここで何が起こっているのか
わかるはずもない

でもこの戦争もいつかはひとつの終わりを迎えるだろう
その時世界は驚愕する

その時君は
トレブリンカに
100万という無数の墓を知るだろう




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by ck-photo | 2006-05-02 02:09 | ユダヤの暦
↑と→の関係
さてと、たまにはまじめな話でもしてみようかな。

先日、「とりあえず伝達事項のみ」と、珍しく実家の父からの短いメールが来た。心臓の手術を終えてまたすぐに仕事に取り掛かっているとのことで、マルティン・ブーバーの古典「我と汝」に惹かれるとのこと。

「しかし、ブーバーの思想はユダヤではなく、でもキリスト教ではない。宗教の根源にかかわる思想であろう。ヴァルター・ベンヤミンの暴力批判論もおもしろい。現在のユダヤ人はこういった思想を忘れているのではないでしょうか」

「いいえ、お父さん、ブーバーの思想の元々はハシディズムですから、ユダヤ思想が彼の思想の元ではないですか?なので彼の思想が宗教の根源であってもおかしくはないでしょうね。宗教の根源や暴力批判論を忘れているのがユダヤでしょうか?そうは思いませんよ」

そう返信したら、それきり返事が来なかった。あらら、またやってしまったか・・・。どうも父は難しい年頃のようで、母に言わせると、ちょっとした私の言葉にがつーんっと傷つくようだ。父に対する愛情が欠けているわけではないのにね。

ユダヤの正統派神学や哲学ではブーバーは取立てて注目されてもいないので、「我と汝」はきちんと目を通していない。信仰について書かれていることぐらいは知っている程度。私は寺という場所に生まれた瞬間から宗教の環境で育ち、宗教がいつもそこにあった。それでも宗教って、信仰ってなんなのかなあと問い詰めれば、これといった明確な答えを見出せていないように思うし、ひょっとしたら一生かかって見つけられるか見つけられないかの課題のような気もする。信仰ってなんだろうかなあ。

その信じるものが神であれ仏であれ、いかなる時にでも人を正しく導いてくれるものが宗教なんじゃないかなあと漠然と思ったりする。疲れて力尽きそうな時に、道に迷いそうな時に、絶えられないような悲しみの時に、天にものばるようにうれしく輝いた時に、いつでもそばにいてくれるそんな存在なんじゃないかなあとも。信仰という、何かを信じるということは人を強くするんじゃないかなあ。信じるということによって、また立ち上がってゆけるんじゃないかなあ。そして神↑と↓自己、それを通して自己←→他者とへ、←↑→、人と人をつなぐものではないかとも。先日NYに戻ったI君の言葉、「自分のためだけではなく友のために祈る」のように。神↑↓自己の間に信頼と愛が生まれ、自己←→他者の間にも信頼と愛が生まれる。

なんてことがブーバーの本に書かれているかどうかは知らないけれど、父がおもしろいというのなら、一度「我と汝」をきちんと読んでみようか。お父さん、話はそれからですね・・・って、父がこのブログを読んでるはずもないですが。私と父、まずは、父↑↓娘の関係もさることながら、汝と我、父←→娘の関係にもう少し力を入れたほうがいいかもね。
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by ck-photo | 2006-03-20 22:22 | 日曜の哲学カフェ