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すっかり忘れていたヨ、お祭りだったんだ・・・。
日常のスピードに全然追いつけなくて、ラマダーンもいいけど今月の初めユダヤ世界では仮庵の祭り(スコット)だった、のですが、ブログに載せるのをすっかりうっかり忘れておりましたですヨ。コメントのお返事も、呆れるほどの時差攻撃ですが、どうぞお付き合いのほどよろしくー。

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(Oct/2007 Kotel 雨乞い)

さて、この仮庵の祭りのあいだは国民的休日になるのですが、ユダヤ暦5768年の今年、わたしはシゴトでやんした・・・。みんながお祭り気分で華やかな時にシゴトに行くのって、ほんま、イヤですね。しかも、毎日が民族大移動のようなイスラエリーたち。お祭りの間は特にハレディムと呼ばれるオーソドックス・ユダヤの人々の大移動で、あっちもこっちも黒ひげもがうじゃうじゃ。シゴトへ行こうと乗ったいつもの高速バス、家族親族友人知人を訪ねる黒服さんたちで満員ゴメン、帰りはやっと来たと思ったら、あーっ!ちょっとー!な満員通過。押されて揉まれてヨレヨレの日々でした。

テルアヴィヴのとある仕事場へと乗ったタクシーで。
ち「XXXXまでお願いしマース」
運「あれー、なに?あそこのレストランにでも行くの〜?」
ち「えーッ?ちがーう!シゴトやでー・・・ふうー」
運「あれー?なんで働いてんのよー?祭りやで、祭り!で、なんのシゴト?」
ち「だよねえ・・・。でもハイテクはみんな働いてるで」
運「あーそう?ハイテクは働いてんのか〜、祭りなのにねえー。みんな休みだよ!遊びに行ってるよ!」
ち「あ、でも運ちゃんかて働いてるやーん」
運「そりゃ、働かんかったらおまんまの食い上げやんっ!」
ち「そりゃ、うちらかて同じやん!」
運&ち「がっはっはー!」

なーんて、いつものようにタクシーの運ちゃんとほのぼのしたのでした。
仕事場に着くと・・・おおー、ほんま、みんな働いてるぅ。
休みの人も多いかと思ったら、なんかいつもより増して忙しそうやん。なんでやー。

そうして仕事を終えて、くったんくったんになってテルアヴィヴのバスターミナルに行くも、うわー、なんちゅう混み方!路上に溢れてるー。老若男女、ハレディム、ふつうの人々、みんななんでこんな夜の遅い時間にまで大移動してんのんよ。しかも、リュックとか大荷物で。で、いつもより増してののもみ合い押し合いへし合い、我れ先ゆかん。彼らと戦う余力すでになし。で、こりゃダメだとバスに乗り損ねて、およよよよっ。

お祭りの間のお休みは、きっちりとシゴトも休むべし。ユダヤ暦5768年の仮庵の教訓なり。(笑)



仮庵の祭り関係の過去ログはこちら:
2004/9/29 スコット、仮庵の祭り
2005/10/26 仮庵の祭りの頃
2006/10/06 5767年の仮庵の祭り 
2006/10/15 シェルターとクッキーなわけ
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by ck-photo | 2007-10-15 07:27 | ユダヤの暦
くまおの災難・・・。火傷してみないとわからない。
さてさて、いろいろありました、今週も。まずは今週のわたし的ハイライト。

「くまお、3階の窓から地上に落ちる!の巻き」

自宅にはキッチンの横と寝室にベランダがついているのですが、このキッチンのベランダがくーたん&ぷーたんのお気に入り。ベランダの花の鉢に入って寝たり、空を見上げたり、ほのぼの〜空間でした。はい、すでに過去形Closed!

いたずらさかりのくまお。そのベランダの柵の上からリビングの窓(鳩の巣があったあそこです)へ飛び移ったりしていて、なんどもダメ!と教えたのですが、わかっちゃいるけどヤメられない現行犯逮捕の繰り返し。そして、ボク平気だもんね〜と人生を甘くみたくまお。ついにその瞬間はやって来た・・・。いや、笑い事ではなかったですヨ、ほんまに。こういうこともあろうかと、コンピュータをその窓のそばのテーブルに置いてシゴトをしていたのですが、いつの間にかベランダから窓に飛び移り、無花果の木の葉で遊ぼうとしたらしくガサガサっといつにない音がした。おやっと立ち上がり、窓からちょいと顔を出してみたら・・・・アーレー!っとマンガのように垂直に落下しゆくくまお・・・・。ちょうどその真下にはその家のオーナーの趣味で木製のワイン樽が置かれていたため、ダーンっとそこでワンクッション後、地上に転げ落ちる・・・。ええ、一瞬のデキゴトでした。

大変っ!慌てて駆け下りて行き、その家の門のインターフォンをならすも留守のよう。そこに事を聞きつけた隣に住むCat Loverの友人もレスキュー隊員として参加。はしごを持ち出し門をよじ上り、くまお救出作戦展開。

ようやくくまおを自宅につれて帰ったのですが、ほんっと、幸いな事に、どこも骨折も怪我もなく、内出血などもしていないよう。よく助かったなあ、ミラクルだ!と隣の友人。ほんまですな・・・。ふー。でも彼、よっぽど怖かったんでしょうね(というか、目撃したわたしのほうが怖かったかも・・・)。さすがにその日一日はしゅーんっ。わたしもどーっと疲れましたヨ・・・。そしてちょっと元気になったくまお、いつものようにキッチンの棚の上。そこへぷーたん登場。棚の上でじゃれ合い、まだぜんぜん本調子ではなかったくまお、あっけなくバランスを崩し冷蔵庫の上に転げ落ち、どかんっと床へ・・・。ああ、まさに踏んだり蹴ったり、左前足をちょっとひねってしまいました。

それから今日まであまり元気がなく、ベッドでしれーっとしてますが、食欲はいつも通りだし、ぷーたんと追いかけっこして遊ぶ姿は元気なので大丈夫でしょう。ほんとうは足が完治するまで追いかけっこはヤメて欲しいのですが・・・。子猫も人の子供も同じようなもので、いくら「熱いヨ!火傷するヨ!」と火を差してもわからない。成長した猫なら自分のリミットもある程度はわかっているのだけどね。まあ、ベランダに係らず、けっこう気をつけていたのですが、もっと気をつけなあかんのやねーと思ったのでした。

そんなこんなで、バタバタあれこれの日々でした。


そして昨日の日没から今日の日没にかけては安息日だったのですが、今年はヨム・キプール、一年の反省の日も重なりました。昨年は新年が安息日と重なってましたね。ヨム・キプールの24時間は断食なので、勝手にシリーズ化している「金曜日の市場」はお休み。きっと市場も早々に店じまいだったのでは。さて、ヨム・キプールの過去ログは・・・と言いたいところですが、まだ移して来てなかった・・・。わははっ。またあとで載せますね。

さてと、今週もまた明けました。もうすぐスコット(仮庵の祭り)がやって来ます。

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追記 ー ヨム・キプール過去ログ
2006年:ヨム・キプール ことしもどうぞよろしく
2005年:わたしをゆるしたまへ。ヨム・キプールです。チキン・スープです。
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by ck-photo | 2007-09-23 04:30 | 何気ない日々
Rosh Hashana 5768
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(Machane Yehuda Market, Jerusalem. Sep/2007 Rosh Hashana)

一日中コンピュータの前でニラメッコ。
一日かけて作ったウェブ用のゴロ画像も
なぜだかどれもこれもフォーマットがおかしくて
まったく使い物にならず、またやり直し。

Photoshopの調子がなんだかおかしい。

そしてデザインを考え考えやってみるも
結局うまくいかず逆戻り。

仕事でのウェブチェックも
クライアントに変更を頼んでから一ヶ月ほども過ぎたのに
未だになんにもインプリメントされてないってどうよ?
何度も何度もいい加減にアホらしくなって来た。

そんなこんなで目がパッキンパッキン。
充血とかじゃなくて、眼球がキューッ。
ちょうど柘榴のような、そんな感じ。

せっかくの新年のお休み、
わたしも来週の日曜まで店じまいにします。
放置してあることもたくさんあるし、
目を休めて濃い緑や澄んだ海を見たい。
この辺りの自然では日本のような濃い緑はムリだけど。


それではみなさまよい新年を。
Shana Tova u metka.

*ユダヤの新年についての過去ログ:
2006年:ユダヤ暦5767年の新年
2005年:月を眺めて 星を数えて
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by ck-photo | 2007-09-12 23:31 | 何気ない日々
金曜日の市場  / 07.9.2007
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おや、なんだか可愛いではないですか。
店先に並んだハニー&アップル。
と、よーく考えたら来週の水曜日はユダヤの新年だった・・・。
ユダヤ暦では5768年。

それにしても一年過ぎるのが早すぎるって・・・。
というか、イチニチ、イッシュウカン、イッカゲツ、
年を重ねる毎に光陰ビューンっと矢の如し学マッタク成りがたし。

マハネ・イェフダ市場には新年用の
柘榴、ナツメヤシの実(デーツ)、蜂蜜、りんご。
今年は去年よりも早めの新年(去年は9月22日だった)、
柘榴はまだ不自然なピンクで
デーツは冷凍モノか、まだ黄色いままのモノ。
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by ck-photo | 2007-09-07 22:22 | エルサレム・エルサレム
5767年、アヴの月の9日  − 神殿の前にて

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by ck-photo | 2007-07-24 23:10 | ユダヤの暦
真夜中の立ち話
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(東エルサレムにて)

クリスチャン&ムスリムなアラブ人の多い東エルサレムと旧市街。在エルサレム Yes No に関わらず、ユダヤ系イスラエリーに聞けば「おっかね〜!(お金じゃないよ。笑)とてもじゃないけど行けんぞ」という。ええ〜?そうかなあ〜。全然平気やけど。「それは君がユダヤ人らしい風貌じゃないからや」と、一瞬もっともらしい気もするが、観光客だってアタマのおかしいアラブ人に刺殺されることもあるのだから、あまり関係ないような気もする。運でしかない。同じイスラエル内でも、イスラエル人にとってですら、東エルサレムはもちろんやはり旧市街は特殊な街であり、そこの現実が掴めないらしい。

昨夜、ティシャベ・アヴの祈りに訪れるユダヤ人たちを撮影しに、アラブ人の門であるダマスカス門から旧市街へとアラブ市場を抜け、嘆きの壁の前に出た。アラブ地区の所々に、万が一のユダヤ人とアラブ人の衝突騒動のためにユダヤの警察官たちの姿あり。以前ならばこれだけ警察官が待機しているときは、恐れをなしたアラブ人たちの姿を路上で見ることはなかったが、ここ数年では彼らもおかまいなしにあちこちでたむろしている。中には情けないことにおちょくられているユダヤの警察官もいる。

ユダヤ人にとって聖なる神殿の崩壊を悲しむ日であるはずのティシャベ・アヴ、これもまた変わりつつある。以前は真剣に神殿の西の壁(嘆きの壁)の前で悲しみ、祈りを捧げている人たちが圧倒的だったが、ここ3年ほどで西の壁はアメリカ系ユダヤ人や、入植地に住む若いユダヤ人たちのイベント会場のようになってしまった。この晩にはエルサレム郊外の各入植地から西の壁行きのチャーターバスが出ることもあり、イモ洗い状態の西の壁の前で友達と連れ立って楽しそうにはしゃいでいる、または携帯電話中や記念撮影中のティーンエイジャーも多い。その波の合間にぽつん、ぽつん、と悲しげに床に座っている人たちの姿を垣間見る。

何千年も昔に起きた神殿の崩壊を、これだけの時を超えて実感し悲しむことはほとんど不可能に近いような気もするが、それでもこうしてその日を忘れまいとする精神はすごい。が、おそらく、もうティシャベ・アヴを求めてかつての神殿の名残に出かけることはないと思った。
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by ck-photo | 2007-07-24 22:04 | エルサレム・エルサレム
モロモロな日々
あぢぃーっ!

夏よね、夏。で、8月はちょっと夏休みを取れそうなので、気温40℃を超すであろう死海と灼熱の砂漠に佇むマサダの砦にでも行こうかと、これまた殺人的無謀な計画を立ててみたりして・・・(笑)。

いくらエルサレムの朝夕寒いといえども、さすが中東、日中は夏真っ盛り。甘いか辛いか、寒いか暑いか。中間というもののないお国柄。サンダルの下に靴下をはき、寒さで鳥肌に長袖を羽織った極寒のシベリア級オフィスから一歩出ると、そこはもうムーッとサウナ状態。埃っぽいアスファルトの向こうに蜃気楼が見えそうな気さえして来る。内地のエルサレムから地中海よりに近づけば近づくほど蒸し暑く、テル・アヴィヴの外れでの仕事の帰り、エルサレム行きのバスを待ちながら、靴下を脱ぎ捨てたサンダルの足の甲がジリジリ焦げて行くのがわかる。あぢぃ〜よぉ・・・。干涸びるよ〜。

本日、その極寒オフィスでのデキゴト。お昼ご飯も済ませた午後のひととき、ホールに出で同じ階にある他のオフィスと共同のトイレに行ってみて、うわっ!ビックリ。いきなり断水らしく4つあるトイレはすべて使用済み。しかも溜まったまんま・・・(食事中の方、失礼をば)。はー、これが女性のトイレかと思うほどの汚れ具合。つくづく思ったのですが、ヒトって、トイレに関してはまったくのhopeless。動物の中でもぷ〜とかちっち〜とかを自分で処理したりおしりをきれいにできないのはヒトぐらいなのか?縄文時代などの大昔と言わずとも近代文明以前のトイレ事情の現状はいったいどんなだったのかと、想像を絶してしまったワケですワ。それから一時間ほどその恐ろしいトイレには近づけず、もじもじしながら、ようやく青い瞳のタチアナお掃除ロシアお姉ちゃんがきれいにしてくれてホッ。普段は当たり前でも、本当はとても便利な生活をしているんだなあ。

さて、ばっちい話はこれくらいにして。今日の夕暮れからはじまるユダヤの24時間は、ティシャベ・アウ゛(アウ゛の月の9日目)と呼ばれ、断食の一日。現在は黄金のドームの建つ丘にその以前に建っていたユダヤの第一、第二神殿の崩壊を想い、喪に服す日。レストランや商店は営業していますが、断食を守っている方々にはこの暑い中24時間の断食はしんどそうですね。ま、嘆きの日であるわけですから、楽なはずはないんですが。今夜は現在の嘆きの壁、つまりかつての神殿の西の壁の名残の前で祈りを捧げたりして一夜を過ごす人たちの姿が見られます。ティシャベ・アヴが過ぎるとユダヤ暦の新年もすぐそこ。ユダヤ暦5767年の今年もあと残すところ二ヶ月ほどとなりました。早いねー。

明日もきっと、あぢぃ〜&極寒なんでしょうなあ・・・。 

神殿崩壊とティシャベ・アヴ関係の過去ログ(どんなあるねん・・・):
5766年アヴ月の9日
マツァのチョコ&自動加熱なグルメ
彼女の思い
ジューイッシュ・ウェディング
彼らの話
キパとアイデンティティ
Praying for today
黄金のドーム・神殿の丘が聖地と呼ばれるそのワケ

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折れる日も近し、ベランダのオリーブの木よ・・・。旧市街のオリーブの木の下で見つけたんだよねえ、くまおと姫。
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by ck-photo | 2007-07-24 02:21 | ユダヤの暦
ペサハ -春の脱出/心の掃除
さて、ここしばらくブログはあっちもこっちも放り出し状態なので、そろそろ少しはきちんとしないといけないですね。

エルサレムもいよいよ春の到来。今週の月曜、ユダヤ暦のニサンの月の15日にはペサハ(過ぎ越しの祭り)がやってきます。ペサハは、ユダヤの教えでも重要な十戒に関係する旧約聖書の出エジプト記にまつわる行事で、ユダヤの伝統と歴史を語り継ぐ役目でもあり、ユダヤの暦でもっとも大切な祭りのひとつです。

ずっと昔、長い間エジプトのファラオの元でピラミッドを作ったり、いつ終わるとも知れない奴隷生活をしていたユダヤの人々ですが、同じユダヤ人だったモーセはそんな彼らをそこからの脱出へと導きました。しかしファラオは自分の奴隷たちのエジプト脱出を黙って見逃すわけもなく、脱出を妨げようとするファラオに対し神はさまざまな災害を起こします。そのひとつでは、神はエジプトに生まれた長男の命を一人残らず取り去るのですが、そのときに玄関先に羊の血を塗ったユダヤの家にはその災害をもたらさずに過ぎ越すということから、この祭りは過ぎ越しの祭りと呼ばれます。

そして神とモーセに導かれエジプト脱出に成功したユダヤの人々は、エジプトとイスラエルの間にあるサイナイ半島と呼ばれる砂漠を40年間ほども彷徨った後に、「我が唯一の神である」「汝殺すことなかれ」など10の教えが書かれた十戒をモーセが神により授かりました。その後何千年にも渡り親から子へとユダヤの家庭にて繰り返し繰り返し、神が彼らをエジプトから脱出へと導いたことを忘れないようにと出エジプト記がペサハの祭りのときに伝承されてきました。ちなみにこのサイナイ半島、もうちっと若かりしころに何度か行ったことがありますが、本当に美しい。真っ青な紅海と赤い砂山。月と星。それ以外には何もない幻想的な砂漠で、おのずといろいろなことを考えずにはいられない。

ユダヤの祭りまたは行事には、必ずといっていいほど食事が関係していますが、7日間のペサハの間ではイーストと小麦を使ったものは禁止となり、パンの代わりにマツァと呼ばれる味のないクラッカーのようなものが主食となります。これはモーセに導かれたユダヤの人々がエジプトを脱出したときにあまりにも急いでいたので、急いでイーストの入っていないパン種のようなものを焼いて食べたことにあります。イーストは「膨らむ」、つまり傲慢になったりおごり高ぶったりする、感謝の気持ちを忘れてしまう、ということなどを象徴し、ペサハではそれらを改める意味合いもあるのでしょう。

そこでペサハの前には、ユダヤの各家庭では特に台所の小麦削除を中心として、台所の棚や冷蔵庫などはもちろんのこと、一年に一度の家中の大掃除にかかります。そして家の中に小麦製品を残さないようにと、パスタなどの麺類やパン、クッキー、ケーキ、スープの素(小麦が入っている場合が多い)、ウィスキーなど、ありとあらゆる麦を原料とするものはペサハの前までに食べきるかして処分します(ヨーロッパ系のアシュケナジー系ユダヤの人たちには、ペサハの間には小麦類に加えて米や豆類も食べない家庭もあります)。この二週間ほどは、会う人会う人、掃除でもう大変よー!ですが、一年に一度の大掃除、家も気分もすっきりしてよいのではないかな。

さて、そうして掃除し終わったペサハの前の夜には、わざわざパンのかけらを数切れソファーの後ろなどに隠しておいて、真っ暗に電気を消した中、懐中電灯で床を照らしながらそれを探すという家庭もあります。暗闇の一筋の光の中にいらないものを探す出し取り除く行為は、自分の頭と心の中の比喩であり、これも一年に一度の心と精神の大掃除とでもいえばいいのでしょうか。

ペサハについては著書『ロスト・ラゲッジ』にもちょろりと書いたのですが、人はそれぞれに何らかの柵(しがらみ)や、多かれ少なかれ「まあええわ~」と怠惰な状況にいたりと、本当に心に問うことをせず、しなければならないことに背を向けて、流されつつある日々の奴隷状態にあるのだろうと。ペサハの訪れを機会にそれらを見つめ直し、整理し掃除し、そこから脱出するのが精神の出エジプトなのではないかと。容易いことではないけれど、人は生まれてからその生を終えるまで自己の精神をできる限り磨き続けること、それなしにして生は意味を持たないだろうと。そう思うと、この一年を振り返るとわたしもいろいろと改めなければならないことばかりです(去年も出エジプトについてちらりと書いていたのですが、まあ、同じようなことを書いてました(笑))。


*この時期にイスラエル、特にエルサレムを訪問される方々へ。レストランやホテル、スーパーなどでもパンやパスタ、クッキーなどの小麦を原料とする食べ物は置いてありませんのでご注意を。エルサレムでは街中のピツァ屋、ベーグル屋などはこの期間は閉まっています。一週間の小麦なしは結構つらいかも知れませんが、お米は場所によっては食べられますので。

ミルトスのHPでの説明はこちらから。
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by ck-photo | 2007-04-01 05:59 | ユダヤの暦
プリム 兵士 ヒッチハイク
月曜日のエルサレムは
旧約聖書のエステル記にちなんだプリムの祭りで、
仮装した人たちでいっぱいでした。
運悪く、わたしはテルアヴィヴの近くで仕事だったので、
今年のプリムの写真はなし。

プリムの祭りはユダヤの祭りまたは行事では珍しく
ユダヤの暦の中でもこの日だけは「酔っ払う」ことが前提。

シナゴーグではエステル記の朗読があり、
悪代官ハマンの名が読み上げられる度に
カタカタと音のなるおもちゃでブーイングを鳴らす。



テル・アヴィヴ近くでの仕事の帰り、
高速のそば、何もない荒野の真ん中のような
ツォメット・メスビムのバス停には
いろいろな方向への長距離バスが停まり、
どこからともなくたくさんの人が集まってくる。
近くには軍の基地もあり、
自宅からの通いの兵士の姿も多い。

この日はプリムとあって、
エルサレムへ出かける人も多いらしく
北部から来たエルサレム行きのバスは満員通過。
シェウルート(ミニバス)もやって来ない。
おかげで一時間も待ちぼうけを食らった。

待ちぼうけ軍団の中には
痺れを切らせてヒッチハイクを試みる人も多く、
でもイスラエル社会も変わってきたんだなあ。

昔は結構みんな停まってくれたのに、
現在はほとんど停まらない。
私も昔はよくヒッチハイクしたけれど、
今はもう危ないなあ。
しないなあ、できないなあ。

ひとり、エルサレムに向かう兵士君がヒッチを試みていた。
彼も一緒なら大丈夫かも?と、
いやいや、待てよ。
ヒッチしている兵士はアラビー(アラブの人)たちの
ターゲットになりやすい。
乗せてあげて、誘拐してどこかでお命頂戴いたします、
ってこともよく聞く話。
うかつに兵士君と同乗したがゆえに巻き込まれないとも限らない。

兵士君はご機嫌に口笛なんぞ吹いている。
その埃まみれのカーキー色の後姿を見ながら、
ん、そっか・・・・。

すっかり小麦色になった肌に
青い目のロシア移民の若者も
笑顔がまぶしいエチオピア移民の若者も、
まるで河原町あたりで
携帯でメッセージを打ちながら
バスを待っている大学生たちと変わらない。

だけど、
軍隊リュックに書かれた名前。
肩から提げた黒い重そうなマシンガン。

そう、
戦争が始まれば、
いざこざが起これば、
すぐにこの子達は
国を守るために身を守るためにこの銃を取り
ひとつ間違えばそこで命を終える。
リュックに大きく書かれた名前は
身元確認に役立つわけだ。

そんなこととは関係ないように
口笛を吹いているのも
ひょっとすれば
明日には命を終えているかもしれないことも、
どちらも現実なんだなあ。

そんなことを思っていると
ようやくエルサレム行きのバスが来た。
バスはすでに満員だったが
また次のバスまで30分ほども待つなんてまっぴら御免。
運転手横、入り口の階段に子供みたいに座る。

運転手「あれ?奥にもう空席ないの?」
わたし「ないよ」
運転手「あっそ。」

バスが高速に乗り、
ビュンビュン景色が流れる。
ひょとしたらここは特等席かも?
でもえらく事故の多いイスラエルの高速。
もしこのバスが事故ったら「ぷちっ!」
わたし、誰よりも先につぶれたトマトになるな。
どうかエルサレムまで無事に帰れますように。

プリムでエルサレムの入り口は大渋滞。
おいしいホムスで有名なアラビーのアブゴッシュの町から
普段なら10分のところを40分ノロノロ。
さすがに階段に座ったままではおしりが痛い・・・。

そうしてようやく着いたエルサレム。
バスを降りた瞬間に鼻がムズムズッ!
花粉さんよ、こんにちは。
恐るべし3月のエルサレムの空気。
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by ck-photo | 2007-03-09 02:50 | エルサレム・エルサレム
名の記憶と木々の新年
すっかり書くのを忘れていましたが、1945年1月27日はアウシュヴィッツが開放された日で、近年ではそれを記念して毎年1月27日は国連が定めた世界ホロコースト犠牲者の追悼日だそうです。イスラエルのニュースではベルリンで行われた集会のようなものがチラリと放送されたくらいで、特に何もなかったような。イスラエルだとホロコースト記念日は5月ごろにあるので、この時季ではあまりピンとこないですね。今ではあちこちでホロコーストはなかったとかいろいろな説が出ていますが、歴史とは人が語ってゆくものだから時間や都合などによって事実からそれてゆく不思議なものですね。

ちなみにエルサレムには世界一大きなホロコースト記念館ヤド・ヴァシェム(名の記憶)があります。もう少し精神的に若かりし頃は何度か足を運びましたが、もう興味本位またはそれ以外の理由でも、行こうと思わない場所となってしまいました。特にホロコーストで亡くなった子供たちの博物館には行きたくない。薄暗い部屋に灯された何本ものろうそくが、張り巡らされた鏡に映って無数の数となって瞬いている。そのひとつひとつが亡くなった子供のいのちを現し、その灯火の中に子供たちの大きな白黒写真などが展示されている。そして亡くなった150万という数え切れない子供たちの名がエンドレスに呼ばれ続ける・・・。人としていたたまれなくなるというか、あそこへ行って何も感じない人はおそらくいないでしょう。また、敷地内にはホロコーストでユダヤの人々を救った人たちの名で木々が植樹されているのですが、日本人では杉原千畝氏の木が一本植樹されています。他にもワルシャワゲットー・スクエアやビジュアルセンター、などなどいろいろな建物があるので、ヤド・ヴァシェムに行ったことのない方は一度行かれるといいかもしれませんが、かなり精神的に疲れる場所ではないかと・・・。

そして話は変わりますが、日本では節分だった(すっかり忘れていた・・・)2月3日ですが、ユダヤの暦ではシュバット月の15日、木々の新年トゥ・ビ・シュバットでした。この日は今年初めてのディツ(ナツメヤシの実)やいちじくなどを食べ、木々の新年を祝います。ワインも白からロゼ、そして赤と一杯ずつグラデーションをつけたり、春の到来かな。

はじめてイスラエルに来た頃には、このいわゆる春を迎えるお祭りがどうしてこの真冬の時期にあるのかわからなかったのですが、よくまわりの自然を見てみる確かにオリーブやアーモンド、そしてポピーが咲きはじめ、野には新しい草が芽を出し小さな花々も咲き始めます。死海へ行く砂漠の山々にも、冬季にしか降らない雨のおかげでうっすらと生えた草で、この頃だけは緑色に染まります。なるほど、確かに生命が溢れて木々の新年にふさわしいなあと思える時期だったのですね。

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そして食日記。ベジタリアンを心がけるようになってから2、3週間でしょうか。時々浮気してお魚は食べますが、気持ちのよい食生活になってきました。かなり大味のかぼちゃ、squashというやつでしょうか。それとブロッコリーのオリーブオイル&ハーブのオーブン焼き。食べる前に練りゴマをかけてアクセントに。本当はブロッコリーはスチームしたほういいのでしょうが、でもおいしかったからOK。squashはべたべたするのであまり好みではないけれど、日本のあのほこほこしたかぼちゃが食べたくても、ないからしょうがない。


*コメントのお返事が遅れてますが、ちゃんと読んでますので~。
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by ck-photo | 2007-02-05 03:28 | 戦争と平和