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孔子とアナスターシャ 我が輩たちは猫である
カフェ・アロマを出て、旧市街へと。
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この日は本当に暑くて、人間でもかなり体力を消耗する一日でした。
おや?何でしょう?
張り紙が・・・。その下には・・・・。
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と、こうして旧市街のユダヤ地区のとある一角のオリーブの木のそばにて、
一匹の子猫に出会いました。
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30分ほど、彼女のそばで誰かつれて帰ってくれる人はいないかと見ていたのですが、通る人通る人、「かわいいー」という興味は見せるものの、実際に引き取ろうということはなく。それにしてもとにかく暑い日。でも夜になればぐっと気温が下がり霜が降ります。薄てのセーターでも着ないと寒いほど。この温度差で大抵のノラの子猫たちは肺炎にかかったりして短い一生を終えることになります。それをわかっているが故に、さて、このままほおっておいてよいものか。わたしじゃなくても他の誰かが・・・と思うものの、かなり迷ったあげく、とりあえず家につれて帰る決心をしました。
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そう・・・、オリーブの木の陰にはもうお一方が。弟君がおわせられました。木の陰で見つけたときは暑さでぐったり、もう死んでいるのかと思ったほどでした。かねてから、猫は一匹ではかわいそうと思っていたので、そばに置いてあった郵便局の箱にて二匹一緒に自宅までえっちらこ。
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すっかり新しい環境に慣れ始めたお二方。どうやらこの熊男くんはここで哲学するのがお気に入りのようです。しょうがないので孔子熊男さんと呼ぶことにしました。熊男くんは猫にしてはバランスが変で、痩せっぽちなのにながーい手足、表情なんかも猫のこと言うよりもまるで熊の子。
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そしてこちらのお嬢様はロシア皇女だったようなので、アナスターシャでしょうか。(笑)

お二方そろっておなかの調子がよくないので、近所の獣医さんに連れて行きました。ウィルス性の下痢だそうで、人にも伝染するかもしれないので手をよく洗うこと、彼らは次の五日間は抗生物質と鳥の茹でたものでとのお達し。でもすんごい食欲なんですけどね。
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by ck-photo | 2007-06-15 16:06 | 猫三昧
誰のためのホロコースト追悼日?
さて、ユダヤ暦では日没後から新しい一日が始まります。今夜からの一日はヨム・ハ・ショアーというホロコースト追悼日。夜の7時半ごろにちょっとした所要で、なんていうと大げさですが、本当はお菓子を買いに行っただけのこと、でダウンタウンに行きましたらば、服屋さんやらは追悼日のためにすべてすでに店じまい。開いているのはカフェだけ。

帰宅後、テレビではエルサレムのホロコースト博物館、ヤド・ヴァシェムにて行われた追悼式の中継が流れていました。いやー、イスラエルでこういう式典を見るといつも思うのですが、兵隊たちが並び、なんだかもうダサダサの式典です。ほんと、ここは実はいまでも社会主義国だったのかというか、1940年代建国当時のまま時間が止まっているんじゃないかという気がします。

式典ではイスラエルの首相などが参列し、カディシュと呼ばれる喪の祈りのようなものが読まれ、イスラエル国歌ハティクヴァ(希望)が歌われます。この追悼番組の後にはイスラエルに住むホロコースト生存者の番組が流れていました。

イスラエルに住むホロコースト生存者たちですが、当然、その多くが戦後にヨーロッパから移住してきた現在では年金暮らしのお年寄りです。ドイツなどからホロコースト謝罪金などがイスラエルに対して支払われ、そのお金はそういった彼らの生活補助、または謝罪金としてあてられるべくものです。そして、戦時中にユダヤ人個人が当時のドイツなどの地で所有していたもの、たとえば銀行口座のお金などは、その子孫や家族、または本人に返還されるべきものであるはずなのですが、それも表向きのことであって、実際はイスラエル政府が管理しているといったアホらしさ。ホロコースト基金のようなところですらも、その会長などはそこから得た資金で裕福な暮らしをし、本来渡らなければならない人にそのお金が渡っていない。

そういった裏事情により、国がその生活を保障してあげなければならないホロコースト生存者のお年寄りの多くが、この国では貧困レベルに追いやられています。月々の年金は1400シェケル(4万円ほど?)あたりで、そのうち500シェケルほどもを医療費に当てなくてはいけないお年よりもいるのだそうです。一ヶ月4000シェケルほどは必要なこの物価の高いイスラエルで、たったの1400シェケルなどというはした金でどうして暮らしていけるのでしょうか。

イスラエルという、多くのユダヤの人たちにとっての祖国、家族、という国で、それが国民に、ホロコースト生存者に対して政府のすることなのかと。他の政府がしているのであればまた話は別ですが、国民に、つまり自分の家族の中に生存者または犠牲者がいる政府が身内に対してしてはならないことではないかと。彼らを守るのはこの国でありこの政府でしかないわけですから。

いったいこんな現状でなにが、そして誰のためのホロコースト追悼式で追悼日なのか。明日の午前中には黙祷をささげるサイレンが国中に響きます。たった今、テレビではホロコーストの実話映画、ソビブルの収容所から600人の囚人たちが大脱走する「Escape from Sobibor」(日本語では「脱走戦線 ソビボーからの脱出」)が流れています。
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by ck-photo | 2007-04-16 06:40 | 戦争と平和
うそつきカスタード
エルサレムで美味しいもの、またはおいしいお菓子を探すのはほとんど無理に近いと以前から書いているのですが、先日誕生日だったこともあってどうしてもおいしいケーキを食べたくなって困ってしまいました。

もちろんケーキ屋というか、お菓子屋さんはエルサレムにも何軒もありますが、だからといって美味しいお菓子があるわけでなく。旧市街のアラブ街へ行けば、激甘シロップに浸かったバクラワなどはあっても、日持ちもしない生クリームのケーキなどは皆無。というか、ケーキ自体を見たことすらないような気がする。そして新市街のユダヤのケーキ屋ではこれまた激甘なチョコレートケーキや、どうしたらこうも美味しくないのか疑問なチーズケーキなどはあっても、日本なら普通にある生クリームにイチゴのお誕生日ケーキはまだ見ぬ遠い国のお菓子。

友人のシギーに「売ってないよね?!ねっ?こういうケーキ!」と言ってみるものの、どんなケーキを言っているのがわかってもらえない。だって、生粋のエルサレムっ子の彼女はそんなケーキをこれまでに見たことがないんだもん。しかし、イスラエルのユダヤ家庭では生クリームとスポンジのケーキをまったく作らないわけでもないらしく、あるにはあるけど、かといってそこに果物を入れるつもりはないらしい。・・・なんでやねん。

エルサレムの目抜き通りのキング・ジョージ通りにおっフランスからの移民のケーキ屋がある。ショーケースに並ぶケーキの数々は見るからにさすがおっフランスで、美味しそうなことこの上なし。が、おフランス系であってもやはりここはエルサレム。何が美味しくないって、カスタードがカスタードしていない。なんというか、こう、ぼてっ!もごもご、というか、失敗したカスタードなのね、うそつきー!という感じで、決して滑らかなクリームではない。しかも、ケーキ屋ではユダヤの食品規定カシェルの関係で、バターやミルク、クリームなどの乳製品をまったく使わないものが多いことも美味しいお菓子がない理由のひとつなんだろうと。そして、現在のイスラエルは基本的には世界中からのユダヤ移民の集まりの建国60年足らずの国だと思うので、国独自の昔からの伝統的な文化というか、そういう感覚が希薄。なのでお菓子ひとつにしても宗教的なお祭りで食べるお菓子を除いてはその文化にかなり乏しい。

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とかなんとか散々文句を言いながらも、こういう↑ケーキですら久しぶりだったので、結局は丸々ひとつぺろりと食べちゃったのである。カスタードの部分はさておき、イチゴと下のタルトの部分はサクサクと美味しかった。ちなみにカフェなどで小さなチョコレートケーキなどを注文すると25シェケル(ファラフェル&ピタパンで10シェケル)ほどもするのが、このおっフランスのイチゴタルトは15シェケル。これが良心的かつ妥当な値段というものですな。
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by ck-photo | 2007-03-29 09:23 | 中東の食卓+α
いろいろ。
くったくたの2週間の終わり。
はーっ、疲れたよ。

エルサレムはすっかり気温が真冬から初夏へと、またしても急激な変化。
週末は暖かいそうですが、その後また急降下したりして。
もうすぐ出エジプト記にちなんだ過ぎ越しの祭り(ペサハ)がやってきます。
エルサレムでは祭りのためにみんな家の大掃除に大忙し。
(またこのあたりのことは改めて)

で、お祭りとはまったく関係ない話ですが、
寝不足でお昼寝をしていた数日前のこと。
午後2時過ぎだったかな?

ウーウーウーウーウー!!

空襲警報のようなサイレンが数分間エルサレムの空の下、
けたたましく鳴り響いて、なんやろ~?っと目が覚めた。
んー?安息日に鳴らすサイレンの故障?
救急車とパトカーがいっせいになんかやってる?
長い間昏睡のシャロン元首相が亡くなったとか?
テレビをつけ、ネットでJ-postやらハアレッツをチェックするも、何もニュースになってない。

その翌日になって知った。
空襲があったときの予行練習のようなものだったらしく、
イスラエル国中にサイレンが鳴り響いていたらしい。
北部の町などで、君はけが人、ぼくは救急隊員、それじゃ、レッツゴー、だったそう。
なんだ、戦争時の練習やったんや。
小学校の時にやった火災訓練みたいなもんやね(ちょっとちゃうか・・・)。
まあ、これも、平和だからのほほーんっとやってられるわけで。
今は至って平和な春のような気がしないでもないのですが。

仕事帰りにマハネ・イェフダ市場の地元食堂で久しぶりにえらくエルサレムチックな
チキンのミックスグリルの夕食。
いったいいつからある食堂なのか、壁には昔っからの有名人の写真がずらり。
なかなか中東らしい味のある店。
が、くったくただったのと、仕事帰りだったのでカメラは残念ながら不携帯。
ごめんよー。また次回にでも。

忙しかったので、当然写真も撮っている暇がなかった。
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先月、旧市街のアラブ市場(観光客がお目当ての場所)を通り過ぎに
立ち止まらず狙いを定めないで撮った一枚なので、やっぱりピンボケ。
このアラブお土産市場にはこういった石をよく売っているのだけど、
小さくてキレイデショ?
でもね、観光客さん、ご注意くださいませよ。
ほとんどが、ニセモノデスノデ。
こういう石は人工的に色をつけてあるものがほとんどで、ネックレスでもキケン。
しかも70ドルとか、とーんっでもない値段を吹っかけてきます。
ま、払っても30シェケル(7ドルぐらい)でしょう。
旧市街のアラブ市場でおみやげ物を買うときは、ものにもよりますが、
言われた値段の5~10分の1ぐらいが妥当。
ああ、住みにくい世の中だなあ~。

って、ぼったくりは昔からどこでもあるか・・・。
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by ck-photo | 2007-03-23 05:56 | エルサレム・エルサレム
プリム 兵士 ヒッチハイク
月曜日のエルサレムは
旧約聖書のエステル記にちなんだプリムの祭りで、
仮装した人たちでいっぱいでした。
運悪く、わたしはテルアヴィヴの近くで仕事だったので、
今年のプリムの写真はなし。

プリムの祭りはユダヤの祭りまたは行事では珍しく
ユダヤの暦の中でもこの日だけは「酔っ払う」ことが前提。

シナゴーグではエステル記の朗読があり、
悪代官ハマンの名が読み上げられる度に
カタカタと音のなるおもちゃでブーイングを鳴らす。



テル・アヴィヴ近くでの仕事の帰り、
高速のそば、何もない荒野の真ん中のような
ツォメット・メスビムのバス停には
いろいろな方向への長距離バスが停まり、
どこからともなくたくさんの人が集まってくる。
近くには軍の基地もあり、
自宅からの通いの兵士の姿も多い。

この日はプリムとあって、
エルサレムへ出かける人も多いらしく
北部から来たエルサレム行きのバスは満員通過。
シェウルート(ミニバス)もやって来ない。
おかげで一時間も待ちぼうけを食らった。

待ちぼうけ軍団の中には
痺れを切らせてヒッチハイクを試みる人も多く、
でもイスラエル社会も変わってきたんだなあ。

昔は結構みんな停まってくれたのに、
現在はほとんど停まらない。
私も昔はよくヒッチハイクしたけれど、
今はもう危ないなあ。
しないなあ、できないなあ。

ひとり、エルサレムに向かう兵士君がヒッチを試みていた。
彼も一緒なら大丈夫かも?と、
いやいや、待てよ。
ヒッチしている兵士はアラビー(アラブの人)たちの
ターゲットになりやすい。
乗せてあげて、誘拐してどこかでお命頂戴いたします、
ってこともよく聞く話。
うかつに兵士君と同乗したがゆえに巻き込まれないとも限らない。

兵士君はご機嫌に口笛なんぞ吹いている。
その埃まみれのカーキー色の後姿を見ながら、
ん、そっか・・・・。

すっかり小麦色になった肌に
青い目のロシア移民の若者も
笑顔がまぶしいエチオピア移民の若者も、
まるで河原町あたりで
携帯でメッセージを打ちながら
バスを待っている大学生たちと変わらない。

だけど、
軍隊リュックに書かれた名前。
肩から提げた黒い重そうなマシンガン。

そう、
戦争が始まれば、
いざこざが起これば、
すぐにこの子達は
国を守るために身を守るためにこの銃を取り
ひとつ間違えばそこで命を終える。
リュックに大きく書かれた名前は
身元確認に役立つわけだ。

そんなこととは関係ないように
口笛を吹いているのも
ひょっとすれば
明日には命を終えているかもしれないことも、
どちらも現実なんだなあ。

そんなことを思っていると
ようやくエルサレム行きのバスが来た。
バスはすでに満員だったが
また次のバスまで30分ほども待つなんてまっぴら御免。
運転手横、入り口の階段に子供みたいに座る。

運転手「あれ?奥にもう空席ないの?」
わたし「ないよ」
運転手「あっそ。」

バスが高速に乗り、
ビュンビュン景色が流れる。
ひょとしたらここは特等席かも?
でもえらく事故の多いイスラエルの高速。
もしこのバスが事故ったら「ぷちっ!」
わたし、誰よりも先につぶれたトマトになるな。
どうかエルサレムまで無事に帰れますように。

プリムでエルサレムの入り口は大渋滞。
おいしいホムスで有名なアラビーのアブゴッシュの町から
普段なら10分のところを40分ノロノロ。
さすがに階段に座ったままではおしりが痛い・・・。

そうしてようやく着いたエルサレム。
バスを降りた瞬間に鼻がムズムズッ!
花粉さんよ、こんにちは。
恐るべし3月のエルサレムの空気。
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by ck-photo | 2007-03-09 02:50 | エルサレム・エルサレム
カルチャーギャップ
書きたくても書けないことばかり。

イスラエルでの仕事については
「こんなんであんなんで、おいおい、なんだそりゃ?っておもうよ」
って、書いてもいいんだろうけど、
最近メインの仕事がどんどんと日本に移ってきて、
ここで同じように
「なんだそりゃ?なんでそうなるねん?」
って書いたら
きっといろいろまずいんだろうなあ。

でも本当に「?」世界なんだなあ。
イスラエルだったら、
その自己主張なメンタリティーに合わせて
いろいろと言えるんだけど、
日本じゃちょっと言えないなあって。

それで思い出した。
25歳のころ、まだ京都にいたころ。
親友の一人で、
京都に30年ほど住んでいるフランス人Dとの会話。

とある知人の行動がとっても「?」だった。
長く住んでも日本に染まらないDに、
日本だったらほかの人が自分にいやな事をしたら、
一回目はなんとなく見過ごして、
二回目は「えーっ???」とムッとして、
三回目あたりでやっと
「ちょっと・・・これ、やめてくれない?すっごくいやなんだけど!」
と我慢の限界で口に出す。
だからまだ何も言わないほうがいいかなって。

だけどDは
「おいおいっ・・・」
って、それはちがうぞと。
一回目にその場ですぐに「NO!」と言えと。
一回目にばしっと伝えるなきゃ、
相手は同じことを繰り返すだろって。
しかも最初は許したのに
今さらって怒るだろうと。


なるほどーっと、
西と東の文化、考え方のちがいに
まだ若かった私は妙に感心した。


それから長い時間がたって、
今度は日本と仕事でかかわるようになって、
そこにとても戸惑いを感じる。
自己主張しなければ生き残れない
白か黒のイスラエルに慣れ
「Yes」とも「No」とも言い切れないような
曖昧な日本の社会システム相手に
どこでどこまで踏み込んでいいのかわからない。
でもここで言わねば、
プロジェクトがとんでもない結果になるだろうと
それも目に見えている。

そのカルチャーギャップとフレストレーション、花粉症、etc.
眠れない日々です。


ちなみに、ユダヤの世界ではプリムの祭りがやってきます。
街中には仮装した若い人がウロウロと。
時間があればアップしますね。


*コメントですが、
以前のようにこちらからのお返事はすぐには書けませんが、
コメントを書く、そしてそれを読むのを楽しみにされている方々も
たくさんいらっしゃると思うので、
ご自由にコメントを残していただけるとありがたいです。

同じようにブログをお持ちの方のところには
またこちらからも遊びに行きますので、
当分そういう形で続けていこうと思います。
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by ck-photo | 2007-03-04 03:53 | 混沌の文化
からすみパスタと中東風生鮭のかぶ重ね
エルサレムのマハネ・イェフダ市場のお惣菜屋さんで見つけたとあるもの。
以前からずーっと気になっていたのですが、なんとなく買いそびれていたもの。

「これ、なんぼなん?」
「どれどれ・・・、これやったら120シェケルやなあ」

と、秤の針を見つめるおっちゃん。

た、高いっ。
円に換算すれば3000円ほどにもなる。
前菜つきのステーキ・ランチセットが40シェケル、
ピタパンに挟んだ揚げヒヨコマメのファラフェルが10シェケル。

が、しかし。
清水の舞台または嘆きの壁から飛び降りて、
「も、も、もらうワ・・・」
その白い物体を自宅につれて帰った。

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それからぼーちぼーちと食べてはいたけれど、
半分を食べきったところで、ええええーっい。

今年は食生活の改善=意識の改善が目標。
できるだけ美味しいものを健康に。
人生一度っきり。
だったら、精神衛生上不健康にちびちびせずに、
食べたいだけがばっと食べてやる!

そう、唐墨(カラスミ)です。
トルコ産ということでしたが、
マハネ・イェフダ市場では時々見かけます。

なかなかもっちりねっちりと濃厚なお味。
日本酒が合うんだろうなあと思うも、
なかなかまともな日本酒は手に入らないエルサレム。
(というか、わたしはほとんどアルコール類は飲まないんですが。)

温かいご飯と食べても美味しいのですが、
そうだ!パスタにからめてみよう!

みじん切りたまねぎをとろとろになるまで炒める。
そこにスープの素とヴォッカ、しょうゆ、切った唐墨を混ぜて少々煮込む。
茹でたパスタにこれをからませてパセリをのっけてできあがり。

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おいしゅうございました。


そしてもう一品はこれまたマハネ・イェフダ市場の
行きつけの魚屋さんで買った生鮭。
カシェル(ユダヤの戒律に則った食品ガイドライン)の都合で
イカ、蛸、貝類などはなく、
鱗とヒレのあるものだけと種類こそは少なくとも、
割合新鮮な魚が手に入るのは有り難い。

鮭の皮を取って身をうすくスライスし、かぶの一夜漬けを重ねる。
トッピングにねぎのみじん切りと
ああー、そうだった、とろろ昆布があったんだ!
これだけでも十分に美味しいのですが、
ちょっと中東風にしよう。
オリーブオイルとイェメン系の激辛スフーグをわさびの代わりに。
そしておしょうゆたらり。
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これは別の日にご飯と一緒に食べました。
これもなかなかハマッテしまいそう。

ちなみに取り除いた鱗つきの皮をどうするかというと、
鱗を下にしてフライパンでこんがりカリカリに焼きます。
そこにささっとおしょうゆをたらしてもう一焼き。
それを短冊に切ったらアツアツご飯と一緒に。
カリカリ香ばしくておいしい。
巻き寿司に入れてもグー。

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そして食後はとあるお方に送っていただいたこのお茶。世の中には他にもたくさん美味しいお茶はあるでしょうが、なんともさわやかな柑橘系の後味に、もうこのお茶以外には見向きもしないほど、すっかり虜になってしまったという品。なんとも幸せな気分になるお茶です。



*なぜエルサレムで唐墨?

もともとはトルコやギリシャなどで作られていたもので、ボラの卵巣を塩漬にし天日にて乾燥させ、ロウで回りを固めた珍味。なので同じ地中海のイスラエルでも売っているんですな。日本には400年ほど前に中国から伝わったとか。
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by ck-photo | 2007-02-14 20:39 | 中東の食卓+α
雨上がりの早朝 ~オリーブが咲いたよ
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雨のしずくに包まれて
薄桃色のオリーブのつぼみ
ここだけはそっと静かな時間


マクロレンズがあったらなあ・・・と思った。
けど、それにまで手を出すとあれもこれもと収拾がつかん・・・。
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by ck-photo | 2007-02-11 06:53 | エルサレム・エルサレム
美味しいアラブコーヒーの淹れ方

旧市街の路上で発見したアラブコーヒーの出店で、おっちゃんの淹れるコーヒーを観察。
これまでなんとなくわかっていたようないなかったようなで、なーるほどー。

お茶の時間です。

1)アラブコーヒー用の小さななべで湯を沸かす。
2)沸騰したところでなべを火から下ろして、
カルダモン入りのコーヒーの粉をスプーン3杯ほど入れる。
すると、瞬時に粉はぷくぷくと膨らんでくる。
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3)もう一度なべを火にかけ、細かな泡が膨らんできたら、
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ふわ~っ!と吹き零れる寸前にサッと火から下ろしてそのままカップにそそぐ。
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カップの底にコーヒーの粉が沈むのを待っているあいだ、
ああ~、カルダモンとコーヒーのいいにおいです。
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このアラブコーヒーですが、イスラエル以外の国ではトルココーヒーと呼ばれているのが一般的。エルサレムではアラブコーヒーと呼ばれるそのワケには、かつてエルサレムはオスマントルコ帝国の支配下だった歴史があり、エルサレムのアラブ人には忘れがたき屈辱の過去。なので決して支配者側だったトルコのコーヒーとは言わず、こちらがオリジナル、アラブコーヒーだと言うわけですな。

ちなみに、アラブ人の誰に聞いてもこれといった理由はわからないのですが、アラブ男性の淹れる紅茶とコーヒーの味のおいしいことったら。他の人が同じように同じレシピで淹れても、彼らのような味が出ない。たかだか沸かしたお湯に粉やお茶っ葉を入れるだけ、なのですが、ぜんっぜんちがう・・・。まったりと官能的。

そしてお茶請けは最近すっかりハマッてしまったチョコレートワッフル、というかウェハースね。エルサレムで上品な美味しいお菓子を求めると奈落の底に突き落とされるので、駄菓子だと思えばそれなりにサクサク美味しかったりする。チョコレートとヘーゼルナッツのクリームを挟んだワッフルなども癖になる味。
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それにしても、せめてパッケージぐらいはもう少し美味しそうにしてくれてもいいような・・・。


《いきなり白い画面に変えてビックリ?(笑)・・・いえね、ここしばらくPCとにらめっこの日々で、目に負担がかかりすぎ。このブログの黒い画面に白文字を見るたびに目がパッキンパッキン、チカチカ☆するのでしばらくはこれで。》

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by ck-photo | 2007-02-07 00:36 | 中東の食卓+α
Tシャツ買っちゃったもんね
だからどうしたってことではないのですが、イスラエル、特にエルサレムでまともな洋服を見つけるのは一苦労。日本の大きな街では当たり前にあるようなブランド店なんてほとんどなし。イタリアのブランド物を売っている店が一軒ありますが、むっちゃくちゃ高い・・・。一般庶民にはなかなか手が出ず、お客はヨーロッパや米国からの移民たちがほとんど。以前はそういうところでも買いましたが、なんだかあまりにも馬鹿げた値段にアホらしくなってしまい、遂にはFoxやらカストロといったイスラエリーカジュアル・ブランドでワンシーズン着て捨てる、という自分の中では最悪のパターンに陥りました。

とにかくシンプルで品のよいものというのがない国(または街)です。すべてにおいて、その日暮らしというか、目先のことだけがそこにあって、いいものを長くなんて観念がまったく存在しない。なので、エルサレムのベンイェフダ通りやマルハ・ショッピングモールで売っている洋服はどれもテロンテロンなポリエステル系で、いかにも安っぽい(といっても一枚30シェケルぐらいしてるので、800円ほどかな?)。一シーズン着たらもう着たくなくなるようなもの。特に女性物はふつうのシンプルなコットンのTシャツなんてないし、男物だとどーでもいいようなコットンTシャツはあるけど、ぜんっぜんかわいくない・・・、おっさん風。

が、先日、仕事の帰りにエルサレムの中央バスターミナルの中で見つけました。コットン100%のTシャツ!しかもかわいい!古着っぽい感じでゆったりナチュラルなのが気に入りました。
(本音は、胸の切り替えのおかげでおなか周りがかなりゆったり目だったから。わははっ)
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e0009669_1151717.jpg思わず、同じものを色違いで2枚、つかみ取り。オリーブグリーンとチャコールグレー。だって、今度はいつめぐり合えるかわかりませんもん。で、気になる値段は69シェケル・・・高いっ!日本円で1700円ぐらいなのかなあ。むっちゃ高いぞ・・・。ユニクロあたりで1000円ほどでありそうなのに。かわいいちょうちょうはあってもなくてもいいし、タグはこんなに拘ってもらわなくてもよいぞ。だってどうせ捨てちゃうんだし。その分、コストを下げて頂戴。
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と、ぼやいても仕方がないのでレジに向かう。その途中に目に入ったのが、男性用のふつーのコットンTシャツMサイズ、35シェケル!ほぼ半額。女性物もそれくらいの値段にしてほしいなあ。思わずそっちだけにしようかと一瞬迷いましたが、イスラエリーなおっさんになってはいけない!と自分に言い聞かせ、かわいいTシャツと、でもやっぱりそれもついでに買っちゃいました。だって、コットン&サイズがちょうどだったんだもん。合わせて消費税込みで180シェケルほどの消費(4500円ほど)。おおー、Tシャツ3枚にもったいないなあ。

で、買ったはいいけど、まだ冬なんですな、これが。下に長袖Tシャツを着るという手もありますが。しかも昨日は雹がバラバラバラバラッと。屋根をぶち破くかの勢いでした。旧約聖書でもモーシェが出エジプトする時に、カミサマがファラオに納得させるために災害として雹が登場するのですが、やはりその時と同じく、この土地の雹の降り方って尋常ではないというか、激しすぎますね。

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あまりにも降りつける音がすごかったので、ベランダに出て手を出してみましたが、イタタタタッ。小石が降って来るような痛さでした。しかも大きいなあ。アーモンドの花はどうなったのかな。
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by ck-photo | 2007-01-22 12:04 | 中東の職人技