オイチャンだけやないで
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(Tel Aviv Port Aug/2007)

こんなどこか機械的な
四角丸い空間って好きやなあ
オイチャン、夕日の沈む海を眺めながら
海パン一丁、ええねえ



テルアヴィヴのみなとにて


乾燥が激しいエルサレムでは
木造建築はほとんど不可能
すぐに反りまくりやね
その点、地中海の湿気が
むっちゃバンコクなテルアヴィヴ
リニューアルした港もイングランドみたい
ウッドデッキで中東にあらず
異国情緒やなあ〜
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# by ck-photo | 2007-08-28 22:53 | テル・アヴィヴ回想録
・・・そして戦利品
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トウモロコシとイチヂク・・・←そっちの無花果は色が濃いね〜。
そんなんはエルサレムでは見〜ひんよ。

こんなのが5つほど。
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# by ck-photo | 2007-08-27 13:29 | 何気ない日々
暑い日は・・・

じゃーっ。

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滝に打たれる僧か、はたまた行水ですかね?

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・・・くまお、
・・・ほんまに猫かいな?

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「ついでに水も飲んどいたれっ」

そのころ、ぷーたんは・・・?
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# by ck-photo | 2007-08-27 10:49 | 猫三昧
どこにも行かなかった夏
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(The Kind David Hotel, Jerusalem 2007)

どっか行きたいなあ〜。
今年の夏は行きそびれ。
どこにも行かなかった夏なんて
これまでなかった。

仕事仲間のイスラエル人S君が夏休みを取った。
子供たちを連れての家族旅行、
どこに行くのかと思えば、

「エルサレム。
 だって、同じ国にいてもエルサレムに行く機会も少ないし、
 ちょっと外国に行くような気分だし。
 西の壁にも行きたいし。」

確かにね。
いろんな意味で、というかすべてにおいて異次元エルサレム。

でもこっちからビジネスの都テルアヴィヴに行くと
おおー、高層ビルだー、海だー、蒸し暑ちー、
ビーチウェディングきれいー、でもゲイ多いー、
おしゃれなカフェだー、カシェルのレストランはどこだー、
ブランドの服屋だー、交渉なしでいきなりメーターなタクシー!
ロシア語も英語もフランス語も聞こえんー、みんなヘブライ語ばっかリー、
とかって、あっはっはっ、
これまたすっかりオノボリさん気分、ガイコク旅行気分。
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# by ck-photo | 2007-08-24 13:11 | テル・アヴィヴ回想録
読まなかったあの夜の手紙
夢を見た。

あれは中学の時だった。
ちがうクラスに
気になる仲良しの男の子がいた。
勉強もスポーツも万能、
性格もそこそこ優しい子だった。

その子にある日、
校門の前で手紙を渡された。
チェイムがなって休み時間が終わり、
そのまま読まずにポケットにしまってしまった。

その夜だった。
突然に目が覚めて、
ベッドから跳ね起きた。

そうだ!
手紙手紙手紙・・・どこどこどこ???
クローゼットのセーラー服の胸ポケット、
そしてスカートのポケットを必死で探した。
でもどこにもその手紙はなかった。

ハッと我にかえった。
あれは、そうだ、夢だったんだ・・・。

次の日、
その子に休み時間の廊下で
「実は昨日の夜、こんな夢をみたよ・・・」
夢の内容を話すと
その子はビックリしてこう言った。

「えっ?!
・・・僕、実は、この前、君に手紙を書いて・・・
でも、恥ずかしくってなかなか渡せなくって・・・」

そうか、だからもらったんだ夢で、あの手紙を。
でも読みたかったな。

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(Pusha 02.Aug. 2007)
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# by ck-photo | 2007-08-23 08:55 | 夢日記
雑感
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(where are you going? Aug.2007)

急ぎの医療翻訳がやっと上がった。ふー。
でもやっぱりモノを作るのが好きなんだなあ。
翻訳も原文を元にして他の言語に作り変えるわけだから、
それなりのセンスを磨くことも大切。
できる限り、なんでもどこにいても、
常に上を向いて歩いてきたい。


ホロコースト生存者の年金と補助金について、
以前ちらりと書いてそのままだった。
あれからも「その後」を追っていたのだが
とりあえず一段落ついたみたいなので
あれこれこれと長々書くのはやめにした。

政府は年寄りや障害者、弱いと見下した者をじゃまにする。
ホロコーストという特殊な歴史とその現実の中で生きて来た年寄り、
自分の親や祖父母のようなその人たちを
自分は高価な葉巻を吸いながら
ほくほくと私欲を肥やしながら
ちっぽけなゴミのように粗末に扱うな。

と、それが言いたかったのだ。



先日乗ったタクシーの運ちゃんに迎えに来てもらった。
運ちゃんは話し始めた。

「ちょっと聞いてくれよね〜。数日前なあ、腹の調子が悪かってん。
そしたらな、やっぱり腹具合が気になって、神経集中でけんやん。
アホしたわ〜、オレ。
ある客が乗って来てな、100ドル札しかないっちゅうねん。
オー、せや、イスラエル人やのにな。
で、オレ、腹が気になってさ〜、しゃあないなあって、
100ドル=400シェケルって思って
100シェケル代金もらって
300シェケル現金でそいつに渡したんや。
それで次の日に銀行行ったらやっぱりや。
ニ・セ・サ・ツ!
オレってアホやろ〜・・・」

アホというよりも、ダニーの人の良さが滲んでますな。
次はどんな話が聞けるのだろうか。



イスラエルで兵役に就かない若者が増えていると
以前、日本の新聞ですらも話題になっていたようだったが
先日行った企業での仕事を終え、
バス・ターミナルまで送ってくれたガリヤという女の子。
彼女は5年半の兵役をこの間終えたばかり。
兵役がとても楽しかったそうだ。
彼女の話では、昔も兵役に行かなかった子はいたし、今もいる。
子供が少なくなった現在ではいかない割合率も増えたように見えるけど、
取り立てて騒ぐほどの話ではないと。
行かない子も入れば自分のように2年を5年半行く子だっている。
兵役拒否で投獄されても、獄内でそれほどひどい生活を強いられるわけでもない。
あれこれあれこれ、一概にどうだとは言えないと。

若い人の話はおもしろいな、と耳を傾けているうちに
テルアヴィヴのバス・ターミナルに着いた。
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# by ck-photo | 2007-08-23 07:35 | 混沌の文化
100% キャロット ジュース
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かどのじゅーすばー

にんじんそのまんま in じゅーさー

あついなつにはこれがいちばん

かろちんびたみんすいぶんほきゅう

が、これもまた

おなかをはげしくこわす

りゆうなり。


ジューサーはもう少しこまめに洗ってくれ〜。
飲んだらゴミはちゃんとゴミ箱に捨てましょうー。
なーんて常識が通れば苦労はしない。
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# by ck-photo | 2007-08-22 23:41 | 中東の食卓+α
おなかが痛い。
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8月16日の午後に旧市街へ行って
もんのすんごーくっ疲労して夜に帰宅してからパスタを作った。
パクッと一口。
胃がムカッ。
アレッ?
それでもパスタは食べた。

旧市街の店で何も買わなかったし
いつものように拾い食いもしなかった。
(いつももしないってば)
おかしいな〜。

それからずーっとおなかが痛い。
愛用の津和野の伊藤薬局の一等丸もこれにて切れた。
いずれにしてもよくもこれほど頻繁に
ウィルスだのなんだとのひっかかるものだと
呆れるやら驚くやらのエルサレム。
正露丸を置いたら売れると思うな、薬局。
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# by ck-photo | 2007-08-22 19:36 | 何気ない日々
あーたたちのおかげで、鉢のザータ(ハーブ)が押されてヨレヨレ・・・。
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ベランダに無花果の枝がずいぶんとのびて来た。大きな無花果の葉で窓の外やベランダはまるでジャングル。見上げた枝先にはたくさんの実がなっている。今年は去年よりもずいぶんと大振りで美味しそう。うーん、大きな食べごろの実はみな手の届かない高いところ。先が別れた長い棒っ切れで、きゅっとひねって穫って食べたいんやけど。鳥たちもここにはご馳走があるぞとやって来ては、賑やかに実をつついている。子供時代、祖母がまだ元気だった頃、実家の裏庭には、無花果、栗、柿、柘榴の木があった。祖母と同様、今はもう無くなってしまったけれど。

数時間経って、ベランダに出てみると、ちょうど熟れていた実が見事鳥にかじられていた・・・。ああ悔しいなあ、ほんま。

みなさま、残暑お見舞いどうもありがとうございました。
そうですね、日本だとそんな言葉や心使いがあるのでしたね。
そんなちょっとしたすてきな習慣も忘れそうなエルサレムです・・・はい。
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# by ck-photo | 2007-08-19 18:55 | 何気ない日々
そしてまた静寂
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More
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# by ck-photo | 2007-08-17 23:01 | エルサレム・エルサレム
とにかく今日も暑かった・・・。
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(Silwan, Jerusalem 16.Aug.2007)

ひしめき合う家々
アラブの言葉
乾いた空


ゴミ
おんぼろカー

自分の境界線の向こう側にある日常
このアラブの谷間に降りて行くことはおそらくない
ただこうして遠くからじりじりと太陽に焦がされながら
じっと眺めるだけ
でもどうにも気になって仕方がないから
こうしてカメラに何度でも収めてみる



京の街では大文字の送り火だったんですね・・・。
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# by ck-photo | 2007-08-17 11:16 | エルサレム・エルサレム
マイブーム
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(Kumao & Pusha 3months old)

というのが彼らにもあるらしい。
揃って同じことをする。

ここ数日のブームはアイスクリームの箱で
シンクロして寝る!
お弁当箱に入ってるみたいで
なんか上から見ると妙にオイシソウやねんけど。

さて次は何かな〜?
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# by ck-photo | 2007-08-16 08:27 | 猫三昧
帰り道
なぜかしらタクシーの運ちゃんとはすぐに友達になる。エルサレムに辿り着いてすぐの頃も、あっという間にタクシーの運ちゃん友達ができ、なんと彼はイスラエルサッカー界では有名なエリ・オハナの兄だったりして、一日中その運ちゃん友達に助手席に乗せてもらっては、彼の拾うお客の行き先、エルサレム中の地区と通りを覚えたりしたもんだった。今思ってもあれは知らない街を覚えるのにはなかなかよい方法だった(しかもタダだったし・笑)。まあ、それも若さ故で、今ではさすがにそんなことはしないが(ということにしておこう)、仕事の帰りだったり仕事中の移動だったり、遊びに行くときだったり、時は金なり、ちんたらバスを待ってられずにタクシーの世話になることが多い。

わたしの乗るタクシーの運ちゃんには話し好きが多い。大抵はアジア人(イスラエルだってアジアなんやけどね)が珍しいのかなんだかで、「あ〜?シニット(中国女性)だろ〜ん?」「ワッラ!?(えっ、そう!?)ヤパニット(日本人女性)ってか〜?」とヤパニットだったことが他のアジアよりも特に興味をそそるらしい。「で、なんでわざわざイスラエル?ここで何してんの〜?え〜?ピシー!(ワオ!みたいな感じ)、エルサレムに住んでんの!ヤパン(日本)とこっちとどっちがええ〜?」質問は止まらない。

わたしはわたしで、そんなバカ正直というか飾り気のない運ちゃんの話を聞くのが大好きだったりする。世界中からの移民の国、メルティング・ポットのイスラエル。皆が皆と言っていいほどなんらかの人生の、そして家族のストーリーがあるから。

今日の運ちゃんは、ベネイ・ブラクのそばのハイテク地区からテルアヴィヴまで、普段なら15分ほどのところを30分も渋滞に巻き込まれながらのおしゃべりタイム。ニコニコと人の良さそうな50過ぎのおっちゃん運ちゃん、「オレの年老いた母ちゃんにはフィリピン人の介護さんがついててね、その人がフィリピンの家族とメールとかできるようににパソコンを持って行ってあげるねん、後でやけど」とか「2年前まで実はエルサレムに住んでけどな〜、カミさんがいややって言いよるから、今はラマット・アヴィヴに住んでんねん。オレとしてはエルサレムやねんけどな〜」とか、息子さんの話とか、運ちゃんの家庭の事情まですっかり知ってしまった。そして「オー、オレ、クロサワ映画のファンやねん!これ、いろんな日本映画のサントラやけど聴く???」と運ちゃんお気に入りのCDをかけてくれた。なんの映画かはわからないが、クラシックっぽい音楽が流れるタクシーの中。テルアヴィヴでクラシック?イスラエルでは若い人はさほどクラシックには興味がない。中年以降だってモロッコ系やミズラヒ系だと中東ド演歌まっしぐら、クラシックなんて見向きもしない人も多い。ン、そうか。「うん、ええ曲やね〜、運ちゃん。・・・で、運ちゃんのご両親ってどこ出身の人なん?」もちろんこの質問にはワケがある。

「お〜?あ〜、ロシアやらルーマニアやら、なんやらかんやら混ざってるわな〜。彼らが若い頃に移住してきてん。そやけどオレはイスラエル生まれっちゅうこっちゃな」やっぱりね、彼のどこかちょいと礼儀正しい気配りが、思った通りアシュケナジー系の家庭の人だった。

もうちょっと話してみたいなと思ったところで、残念ながらアロゾロフ通りのバスステーションに到着。運ちゃんの電話番語を逆ナンパして聞き出す。あ、いや、そうでなくて。またテルアヴィヴでタクシーが必要な時は彼、ダニーの話の続きをぜひ聞かせて欲しいなあ。
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(Tel Aviv to Jerusalem 2007)
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# by ck-photo | 2007-08-16 07:17 | テル・アヴィヴ回想録
初泳ぎ
サンダル履きが日常なイスラエル。踏んだり踏まれたり、砂やら埃やらなんやらで、気がつけばなんだかカワイソウな足指くんたち。手の指や身体の他の部分は気にしてもらえても、足指って継子扱いだったりする。でも本当はすっごく大切なんじゃないかなあ。

久しぶりにバスタブに湯を張った。ソーラーシステムの温水器。雪まで降る寒いエルサレムの冬こそお風呂に入って暖まりたいのだが、冬場は太陽熱が足りず電気で湧かすため毎日お風呂なんて電気代が高ついてとんでもない。ソーラーシステム、フル活用できるカンカン照りの夏はといえば、・・・暑すぎてお風呂なんて入りたくもない。ああ、無情。

バスタブに浸かっていると、ふわ〜んっと足指くんたちが嬉しそうなのが伝わって来た。丁寧に親指から小指、踵やその周り、あらゆる足の部分を洗う。うー、気持ちいー。バスタブの縁に、くまおがひょっこりやって来た。ぷーたんも後からついて来た。そろって前屈みで前足でバスタブをパシャパシャ。特にくまおは水が平気だ。洗面台なんかじゃ蛇口から流れる水に、滝に打たれる坊さんみたいになってアタマごと突っ込んだりする。本当に猫かなあ?さーて、そろそろ落ちるぞ落ちるぞ、ほらほら、落ちるぞー。そら、落ち、たっ!

・・・・

ボッ、チャーン。


吉本劇場のお約束のように見事落ちてくれました、くまおくん。慌ててバスタブの縁に上がるものの、色が色だけにまさに、ぷっ、濡れ鼠。そしてずぶ濡れのまま何を思ったのか、猫砂いっぱいのトイレに駆け込んで用を足すくまおくん。4本の足、濡れたら固まる猫砂ガッツリ。ああ・・・。が、これもまた彼らしいオチだった。いっそのことならもう一度バスタブに落ちてくれたらきれいに洗えてよかったんやけど。

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エルサレムにいるとかかる美味しいモノ甘いモノ欠乏症候群。先日いただいたLupiciaの紅茶セットのキャラメルティー&林檎のジャムをヨーグルトに。残りのジャムはそのままスプーンで完食。美味しかったー。ごちそうさまでした、東京の優しき女神様。スプーンは今年の5月に哲学の道で友人と一緒に買ったもの、受け皿は津和野で父と一緒に買ったもの、グラスはエルサレムで見つけた中東のどこか(忘れた・・・)の吹きガラス。ごちゃ混ぜ。
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# by ck-photo | 2007-08-15 02:19 | 猫三昧
元気でやってますか?
どの年に撮ったのかも忘れてしまった。ン?ちょっと待てよ。ガサガサ。あったあった、「本とコンピュータ」。これと同じシリーズのものをここに送った時だったから2004年初め、か2003年の終わり。

ライブレはメア・シェアリム生まれ、筋金入りのオーソドックス・ユダヤ一家の七男坊。あの時、兄弟はぜんぶで14人だったがあれからまた何人か増えたかもしれない。当時、彼は19歳で、お嫁さん募集中だったけど、結婚したという話はまだ聞いてない。彼の住む世界ではもう晩婚組ってことね。この気怠そうな彼の手がブログではけっこう人気だった。って、そう本人に伝えたらすごく喜んでいたっけ。日本に行こうかな〜?もてるかな〜?なんてニコニコしてたのが懐かしい。

マハネ・イェフダ市場のカフェでこの写真を撮っている時も、どこからどう見てもオーソドックスな彼と、どこからどう見ても日本人のわたし、その不思議な組み合わせはジロジロと好奇心の対象だったっけ。でもわたしは彼が好きだったし、彼もわたしが好きだった。いろいろな話をし冗談も言いあった。きっと今会ってもお互いに好きだろう。好き=恋愛という意味ではなく、好き=思いやる人、友、として。

それからしばらくして、ライブレは兄の一人でわたしの友達でもあるダヴィッドを頼りNYに引っ越してしまい、しばらく連絡を取ってないけど、元気かな?久しぶりに彼のイディッシュ語が聞きたくなった。
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(Mahane Yehuda Market, Jerusalem. 2004)
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# by ck-photo | 2007-08-14 14:27 | 何気ない日々
そういうことか。
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(At The Holy Sepulcher, Christian quarter of The Old City of Jerusalem)

以前から不思議だと思っていたマリア像。胸に剣が突き刺さっている。

聖墳墓教会を後にして、アラブ市場をダマスカス門へ抜けようと歩いていると、知人でベテラン・ガイドのシノブさんご一行さまにバッタリ出会った。シノブさんはツアー中(つまり仕事中)だったらしく、これから聖墳墓教会へ行くというので、今行って来たところだったが彼のガイドが聞きたかったので「イッショに行ってもいい???」「もちろんオッケーさ!」と優しきダンディー、シノブさん。「やったー!」ちゃっかり便乗させてもらって一行さまの後ろについて教会へ戻る。

フランシスカンのこの像、キリストと人々の悲しみや苦しみを胸に受けているという像だそうだ。なるほどね。納得。
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# by ck-photo | 2007-08-14 13:32 | エルサレム・エルサレム
軽やかピクトさん?
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テルアヴィヴのビーチの遊歩道のようなところで見つけたピクトさん。
りんりんさんの笑ってる自動車つながりで。りんりんさんのエヘへに対してこちらの自動車はちょっとポーカーフェイス。これで「見てろよピクトめ、轢いてやるぜ!」なんて企んでるかもしれないところがニクいね。しかも、妙にアラビーっぽい「25」の表記が気になります。

さて、ひねる腰も軽やか、ハッとしてグーなトシちゃんかヒロミ・ゴーなピクトさん。ビーチで開放的に心弾むのはピクトさんとて同じやったんや〜。でもいっそのことどどーんっと思いきって水着バージョンでお願いしたかったかも。せめて地元のニーちゃんらしく半パンにサンダルぐらいはねえ。でも足の短さだけはバッチリです。しかもビーチで長袖長ズボンなのは正統派ユダヤか?ってなもんですから、密かに実はバイト中の彼らなんでしょうかね〜。

っていうか、それよりなによりバックがビキニのおねえさんじゃなくてすみません。
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# by ck-photo | 2007-08-14 11:06 | 中東の職人技
海よりも森へ行ったほうがよい
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(Tel Aviv. Aug.2007)

どうもイマジネーションが
クリティカルに欠けているらしい自分。
新しいプロジェクトを考える度に想いっきり脳が酸欠状態。
ぐるぢーぃ。
アーティストにはなれないな。
(なる予定もないけどさ。わははっ)

ない知恵をなんとか絞ってみること数週間・・・。
それでも出ないものは出ない。
やれやれ困った困った。

広い海原じゃなく、
うっそうと茂る森へ行けば
なにか案も浮かんでくる気がするのだけどね。
エルサレムにはそんな緑の濃いしっとりとした森はないなー。
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# by ck-photo | 2007-08-13 08:27 | 何気ない日々
金曜のいも洗い市場
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(Mahane Yehuda Market, Jerusalem 2007)

旧ブログをはじめたワケ。その当時はイスラエルのブログなんてほとんどなくて、インターネットでも情報的にはかなり限られていたり、「?」と思うものが多かった。そこで旧ブログを書き始めたのだったが、その傍らに写真ブログとしてはじめたのがこのブログ。途中でいろいろあって、旧ブログを閉めたのでこちらがメインとなった(旧ブログの過去ログ更新は時間を見つけては続けて行きますよ)。おそらくもう書き尽くしたのだろう、旧ブログからの名残でイスラエル紹介というカタチに縛られすぎて、ここしばらくの間、どうも以前のようには書けなくて、どうすべかーと試行錯誤。途中もうやめよーかなあーとかも何度も思った。しかもフォトウェブはもうすでにあるからどうしたもんだかなーと。

でもあれはあれ、これはこれで写真ブログ+独り言でいいじゃないかと。それを通して、自分でも見えなかった新しい発見、イスラエルなりユダヤなり中東なりが見えるかもしれない。以前のようにコメントもすぐにすべて返信ではなく、できる時にだけというカタチ(義理コメも無用)になるので、すべて読ませていただいた上で返信が抜けたりすることもありますが、個人的な意図はありませんのでご了承くださいませ。

タグやらカテゴリーもちょっと合わなくなってますが、これも追々考えます。
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# by ck-photo | 2007-08-11 01:21 | エルサレム・エルサレム
画像がなくてすみません。
テヘランのサラさんのブログのこの記事「検索キーワード」に中途半端にコメントしたので、自分の本拠地で完結することにしましょう。

このブログに辿り着く検索キーワード。毎月のアクセスにはいろいろとありますが、なぜかこの2007年8月の検索トップはダントツでこれ、「イスラエル キョニュウ(実際は漢字で検索されてますが)」。うーむ、どこかで流行ってるんでしょうか。ン、まあ、確かにキョニュウ大国であることはありますので的を得たキーワードではありますな。過去ログでもその話はちょろりと書いていた記憶もあるしね。でもいくら探してもご期待に添える画像は出てこないですよってことで、視覚的には道行くおねえさんの胸元とあまり変わらないこちら(↓)でご満足されればこれ幸い。

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# by ck-photo | 2007-08-10 21:45 | 混沌の文化
夏はやっぱりところてんが食べたくなる。
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寒天を煮詰めてなんちゃって心太の出来上がり。
夏だねー。

今朝、旧市街のノツリム通り(クリスチャン通り)で一戦あったらしい。そのあたりの住人がユダヤ人セキュリティーガードを襲い銃を奪って発砲し逃走。後、他のセキュリティーガードによって射殺。通行人など10人ほどが巻き添えで怪我。ノツリム通りはヤッフォー門から聖墳墓教会に行く道でもあり、両脇にはみやげ屋がずらりと軒を連ねている。友人エリの焼き物店もこの通りにある。シリア正教のエリはアラブ・ムスリムが大嫌いだから、「観光客で溢れ儲け時のこのシーズン、いい加減にしやがれ商売上がったりじゃないか」とさぞ怒ってることだろう。

旧市街のムスリムとクリスチャン地区では時々こういうことが不意に起こる。まあ、運がいいのか、こういった事件にぶち当たるのが不運なのか。今週は週はじめに行っておいてよかった。いずれにしろ、ガードを一人撃ったくらいのことで尊い命を終えるのはまったくアホらしい。
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# by ck-photo | 2007-08-10 20:43 | 混沌の文化
ガールフレンド
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姉妹のような関係の友人シギーと、久しぶりに夜のドライブに出かけた。仕事を終えて一眠りし、夜10時過ぎ、エルサレムの外れ。キリストの母マリアがここの泉の水を飲んで休んだらしいという、谷間の小さな村エイン・ケレム。ジョン・ザ・バプティストもここで生まれたらしいという逸話も残る。今は芸術系の人などにも人気の村。いいなー。

安息日やカシェルを守っているシギーと、マリアの泉のそば、この村で一軒だけのカシェルのレストランに入った。シギーにはあるフォト・プロジェクトのモデルを頼んでいるのだが、あまり写真を撮る機会がなく、「今夜は撮ってもいいよね?」「わたし、フォトジェニックでも美人でもないから・・・」とあまり乗り気でない。

本当の美人とは心の美しい人だ。コスメティックで作られた外見がいくら整っていても、心やアタマが空っぽではカメラに映ったものだって無味。単なるフォオジェニックや見かけだけの美しさ、そんなものには興味がない。それよりも、その人の持つ心。思いやり、喜怒哀楽、思考、そんな複合の作る美しさが重要なんだから。うっ、・・・しまった・・・。またやってしまった。「それじゃあ、あんたはわたしの外見は本当は不細工だけど、って言いたいのね?」冗談半分、本気半分のシギー。

どちらかというとオトコトモダチのほうがしっくりくるわたしには、オンナトモダチの扱いは難しいのである。冷えたイスラエル産のビール、ゴールドスターを飲みながら今度はもっとうまく説明しようと反省したのだった。ちなみにイスラエルではビール2(杯なのか缶なのかはしらん)までは飲酒運転にはならないそうだ。

(P.S. いつも「飲まない飲まない」とか言いながらも、最近、ビールが美味しいと思うようになった。ちょっとは大人になったのかな〜。笑)
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# by ck-photo | 2007-08-10 10:27 | 何気ない日々
おとうちゃん
旧市街をユダヤ地区からアラブのみやげ市場を抜けて、聖墳墓教会へと石畳を歩いて行く。その途中、キリスト教地区に差し掛かったところで「ねえちゃん、ねえちゃん、ひとつつまんでって!」と、アラブ・クリスチャンのおっちゃんたちの笑顔に引き止められた。みやげ市場の前で五月蝿いくらいに言い寄って来る、店番のムスリムのアラブオトコたちとはちょっと声色がちがった。裏路地のど真ん中に直径50センチほどもある大きなシルバーのお皿、いやお盆が三つ。アラブのお菓子が乗っている。

「なになに?なんで?これなに?」
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おっちゃんたちは「まあまあ、いいから食べてみな〜」とスプーンを差し出す。「これ、なんて言うお菓子?これはシロップ?」「こいつは英語はまったくダメダメっ。アカーン。ヘブライ語もアカーン。ネイティヴのはずのアラブ語だってまったくあかーんわっっ!こいつな、昔ちょっと留学した時にやね、すっかりアラブ語も忘れてん、わっはっはっ!」

うーん、濃ゆいなあ、このノリ。うーん、好きやなあ。まわりのおっちゃんたちにからかわれ、ちょっと恥ずかしそうに笑ったおとうちゃんの息子くんの高校の卒業祝い。おとうちゃんが近所のおっちゃん友達にお菓子を振る舞っているのだそうだ。濃いーノリのおっちゃんたちに囲まれたちょいハンサムな息子くん、テレながらもまんざらではなさそうだった。

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(「うれし おとうちゃん」Aug.2007 The Christian Quarter, The Old City of Jerusalem )
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# by ck-photo | 2007-08-09 03:13 | 中東の食卓+α
ひとつの歴史的瞬間だったんだよねえ
2005年にイスラエルがガザ撤退した時だった。

ガザに住んでいたユダヤ人たちは自国の軍隊に追い出され、今でも住居もなく職もなく、いわゆる難民化して流浪している人たちがいる。あの時、よほどガザまで行ってみようかと思ったものの、テレビに映し出される泣きながら抵抗するユダヤの人々の姿に、その答えは明白だった。そういう姿に向けるカメラは私にはないなと。

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(「praying」Aug.2005 The Western Wall, Jerusalem )

そのガザ撤退の前に昔のユダヤ神殿の西の壁(嘆きの壁)で行われた、撤退を阻止する祈りの集会でのワンシーン。壁の前は祈る人々で埋め尽くされていたあの日の夕暮れ。著書「ロスト・ラゲッジ」の表紙のイラスト(ブログ右下)は実はこれがオリジナルなのですが、今考えればわざわざイラスト化するのであれば写真のままでもよかったんじゃないかと。ま、今更ですが。

今でも好きな一枚ではあるものの、でもやっぱり二年の月日は大きいモノで、いろいろとアマいね・・・。なーんって言えるほど進歩したのかは別問題ですが。わははっ。
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# by ck-photo | 2007-08-08 08:15 | エルサレム・エルサレム
いちばん苦手がいちばんしたいことだったりする

The Holy Sepulcher 

人が好きだから人を映したい。
祈る人、それがいちばん自分の心に響くモノ。
しかしそれがいちばん苦手だったりする。

祈る人、ひとりひとりの祈りに想いがある。
祈る人、をレンズから覗き見、
その人が信じる者との心の対話をこっそり映す。
それってつまりはレイプなんじゃないかって。

そう思うと今日もこれまた難しい・・・。

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# by ck-photo | 2007-08-07 09:36 | エルサレム・エルサレム
brotherhood
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(at Nachalaot neighborhood, Jerusalem)
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# by ck-photo | 2007-08-07 03:04 | エルサレム・エルサレム
ある日の朝ご飯&夕ご飯
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カフカース(カフカス、コーカサス、Кавказ、Kavkaz、Caucasus)のゴマ風味がグーなパンと、バルコニー栽培したザター(中東のハーブ)とチーズのオムレツ。

カフカースって地域、ニホンゴでなんだったっけ?慌てて辞書でくる。ああ、コーカサスだったワ。マーク氏に教えてもらったマハネ・イェフダ市場のカフカースのパン屋。仕事を終えてエルサレムに戻るのは夜8時過ぎが多いので、なかなか平日に市場へ買いに行く時間がない。


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夕ご飯は以前にもブログで登場してますが、「チキンのエルサレム風ソテー」。なーんて書くとかっこいいですが、味は関西のどこぞのお好み焼き屋の鉄板焼きか、食堂の野菜炒め定食か。「ほぼ」ベジタリアンなのですが、暑い日にはこういうのも食べたくなります。フライパンにオリーブオイルを熱し、まずはスパイス(クミン、ガーリック、パプリカ)、そしてタマネギとにんじんを炒めたら、チキンを加えて炒める(鶏レバーやハツを一緒に入れても美味しい)。チキンパウダー(スープの素)で味を整えて、ピーマンを入れ、軽く火が通るくらいに炒める。仕上げにミントを刻んでパパッパッ。おしまい。松の実などのナッツ類を入れても美味しい。付け合わせのトマトは、種の部分を取って食べるととカラダが冷えないそうな。

そして珍しく、食卓にワイン。ここしばらくワインがブームなイスラエル。もともとイスラエル(ユダヤ)のワインには宗教的な理由などからも歴史があり、イスラエル国内にもワイナリーもたくさんありますが、最近ではカシェルでないワインもどんどんと欧米から入って来ている現状。イスラエル産で一番美味しいかなと思ったのはYardenだったのですが(ここしばらくは飲んでないのでわかりませんが)、なんせ50シェケルとかもっと高いものも多く、そうそう買うわけにはいかん。といっても日常的にはほとんど飲まないんですが。反対に20シェケルを切るよな安ワインはどれも美味しくないので、こういうのも飲まない買わない。

この夜はイスラエルのガリラヤ地方のワイナリーDaltonの白ワイン。Daltonのワインは値段も30シェケルほどでまあまあお手頃、イスラエル・ワインとしては味もそこそこいける。このボトルのラベルを見ると、バニラとパイナップル風味で、スウィートでうんじゃらかんじゃら、いろーいろと書いてあるけれど、うーん、そう言われればそうかも?というほどでしょうか。個人的にはもう少し甘くなくドライなほうが好き。まあ、確かにフルーティーで美味しかったですが。ちなみにうちにはワイングラスがなかったので、ボトルと一緒に購入したのが写真のコレ。イスラエルでは有名な一流メーカー。なーんちて、本当は市場の商店で5シェケル(100円ちょいね)だったんですよ、わははっ。
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# by ck-photo | 2007-08-06 03:15 | 中東の食卓+α
夢を見た。

わたしの場合、夢は単なる夢では終わらないことが多い。


何週間か前の明け方。
二十年来の知人のタカネちゃんが夢に出て来た。彼女とはわたしが十七歳の時、父にくっついて行った中国仏教視察団の旅で知り合った。夢でのシーンは、どうも建て替えられる以前のわたしの実家のようで、御堂の裏あたりでふたりで立ち話をしている。あの旅のあとすぐに結婚して三人の子供もいる彼女は、とても幸せだと言った。そして意味深に「でも死ななくちゃ・・・。それが幸せなの」と言った。わたしは驚いたがなぜかそれに納得した。それがいいと心から思えた。タカネちゃんは空に向かって羽ばたいた。

そこで目が覚めた。
知り合ってから一度もタカネちゃんが夢に出て来たこともなく、しかも奇妙な夢だったので不思議な気がした。


先日、電話で母が「タカネちゃんの長男くんがね、ついこの間なんやけど、亡くなったのよ」と言った。もう十八年も前になるが、彼が生まれた時、病院にプレゼントを持って行ったのを思い出した。「六時間でね、とっても安産だったよ」とベッドの上でタカネちゃんが微笑んでいた。彼は生まれつき障害があったが、それが原因なのかは知らない。朝、タカネちゃんが彼の部屋へ行くとすでに亡くなっていたそうだ。

あの夢は彼だったのだろうか。

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# by ck-photo | 2007-08-05 09:29 | 夢日記
アロエ
約2ヶ月前のこと、6月7日、旧市街のオリーブの木の下で(孔子とアナスターシャ 我が輩たちは猫である)。
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こんな小さかったぷーたん(←ぷしゅぷーしゃ←アナスターシャ=姫)。くーたん(くまお)はこの時、壁と根の細いあいだに挟まっていて姿が見えず、ぷーたんがそこにもそもそ入って行くのでなにかあるのかと覗いてみたらあらビックリ、もう一匹グレーな猫が。はじめは死んでるのかと思ったのですが、ふーっと息をかけてみたら動いたので、ホッ。その日の猛暑でバテていたようでした。といういきさつで、この日のくまおくんの写真はないのがちと残念。

8月3日、ぷーたん、こんなに大きくなりました。
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近所の獣医さんでワクチン接種も済んで、健康に育っているとのこと、ホッ。

この獣医さんですが、ものすごーく口数が少なく、犬だったさぞハンサムだったろうなってな風貌。やはりオンナって医者、弁護士、パイロットには弱いのか、いえ、わたしではなくて、ぷーたんがどうもこの犬系ハンサム獣医さんにラブラブのような・・・。診察台の上で彼に「プリンセス・プシュプーシャ〜」と撫でられると、もう思いっきりぐるるんぐるるんっ。顔を近づけてくれる彼に頭突きキスの嵐。初めての診察時では台の上で寝ちゃったという、マイペースぶり。

でもって、くーたんと言えば、うぎゃぎゃぎゃっー!俺はオトコには興味ない!と言わんばかりに、サル並みに大暴れ。で、しばらくすると落ち着いて診察室を眺め回す。いやいや、キョウダイでこんなにちがうのかー。人も猫も同じですね。
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「医者はキライじゃ。アロエで健康第一!」
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# by ck-photo | 2007-08-04 00:25 | 猫三昧
行き先
ほんの一時のことだった。絵を描いていた時期があった。母が絵を描いていることもあり、おそらく自分は絵を描くことはないだろうと思っていたが、母の影のないエルサレムでは自然と絵が描きたくなった。アクリル、油、様々な道具と大きなキャンバスを近所の画材屋で仕入れ、自室のタイルの床にぺたりと座り込んだ。音楽に任せて絵を描き始めるといつの間にか夜が明け小鳥がさえずり始めていた日もあったほど、絵を描くということがとても楽しかった。それからしばらくして、その頃、友人でもあり尊敬していたラビが言った。

「キミは今使っていない部分の脳をもっと使うべきだ」

生活のための仕事をするとか、テキスト片手にコツコツ勉強するとか、ラビのその言葉はそういうことを指していた。自分の方向とは合わないとも思ったが、そう言うことをしてみても悪くないかもしれないと、テキストブックを鞄に学校へ行き、キャリア=生活のための「仕事」というものをし始めた。

しかしその途端、ピタリと止まった時計の針のように、まったく絵を描く手が止まった。新しく使い始めた脳の部分で絵を描くなんてことは不可能だった。そしてなんだかバランスが崩れ始めた。

同じようなことが自分の中でこの一年で再び起こっている。「生活のための仕事」に以前よりも時間を費やしたこの一年で、心の居場所が変わり、おかげですっかり方向を失い、空回りしてしまっている。それがわかっているがために、フラストレーションだけがどんどんと大きく雪だるまのように成長してゆく。自分の居場所、表現の目的と標的とその場が見つからない。

そういうことを葉っぱの坑夫の大黒さんとメールしていて、彼女からの返事メールで、ちょっと救われたような気がした。

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P.S. 結局あの時描いた5枚ほどの絵は、日が経つにつれエルサレムの狭い家の中で難民化して行った。数年前に日本に帰国した時に留守を預けたおいた友人が、エルサレムに戻ったわたしに言った。

「ごめん・・・。なんて謝っていいのかわからない・・・。君が日本にいる間にうっかり小火を出して、絵はすべて燃えてしまった・・・」

わたしは心から「ありがとう!」と言った。捨てるに捨てられず、壁にかける趣味もなく、かといって置き場にも困り、キャンバスに残ったそれぞれの想いをほんとうにどうしていいのかわからなかったのだから。
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# by ck-photo | 2007-08-03 20:43 | 何気ない日々