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金曜日の市場 / 帰り道
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安息日前
金曜の午後の
マハネ・イェフダ市場






















暑いなあー・・・
重いなあー・・・
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by ck-photo | 2007-06-30 00:15 | エルサレム・エルサレム
クスクスサラダ
上ったり降りたり丘の多い街エルサレムでは意外や意外、
風通しのよい地区ではエアコンのない家も多い。
うちも風通しがよく、夜は全開にした窓から心地よい風が吹き込んで来る。
が、ここ数日、風の死んだような猛暑でぐったり(当然エアコンなし!)。
日中に煮炊きなんぞはほとんど拷問。
食欲も減退、とかいいつつもやっぱりおなかは減るんだなあ、これが。

いつものイスラエリーサラダ。
キュウリ、トマト、紫タマネギ、ミント(イスラエルではナナ)をみじん切り。
レモンをぎゅっと絞って、塩とオリーブオイル。
手早くシンプル、さっぱりすっきり、でも美味しい。
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今日はそこにアフリカ料理のクスクスを使って、ちょいと一工夫。
鍋に湯を沸騰させたところにスープの素、オリーブオイル、クスクスをザザーッと入れ、
クスクスが柔らかくなり水分がなくなるまで蓋を閉めて約3分間。
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少し冷めたところでサラダと混ぜ混ぜ。
一般的には冷蔵庫で冷やして食べるようですが、
サラダのクスクス和え、わたしはほんのり温かいほうが好き。
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写真的には上のような割合がいいと思うのですが、
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これぐらいガッツりと、
クスクスのサラダ和えぐらいに混ぜたほうが
クスクス好きにはグー。

久しぶりにちゃんとご飯を食べた気になりました。
ごっつおさんです。

そんでもってさらにドドーンとサラダ食いをされている神戸のこのお方。夏サラダいろいろ。美味しそうでございます。
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by ck-photo | 2007-06-27 00:29 | 中東の食卓+α
奇妙な物体
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我が家にやって来て早2週間のくまお改めMr.ビーン。(←のテディー)
彼にそっくり手足が妙に細長くポッコリでたおなか(食べ過ぎ)がアンバランス。
毛並みはちゃんとしてあげてもボサボサのバサバサ。

首根っこをつまんでヒョイッと吊るされる姿は
まさに不本望にも洗濯されて干されたテディーベアー。
でもその真の姿はヨーダ、
また別の時はゴラム。
つまりは思いっきり妖怪系。
やることなすこと表情、すべてがコメディー。
でもトイレの猫砂の上でごろんごろん転がるのはやめてちょー。
起き上がったらばっちいマダラ猫。
きれいにしてあると言ってもトイレだからね。

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でもやっぱり子猫はかわいいいにゃー。
(大きくなったらもうちと美猫になるかしら?ちょっと心配。笑)
姉猫アナスターシャはおっとりマイペース、
ふわっふわな真っ白なドレス系な姫路線まっしぐら。
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by ck-photo | 2007-06-26 10:17 | 何気ない日々
過去ログ:2004年 10月
2004年10月の過去ログ一覧です。

この頃はこんなにもブログに費やすパワーと、何でも書きたいことを書ける自由な気持ちがあったのかとびっくりです。若かったつうことですかね。(笑)

あなたは何人知ってる? ユダヤ人特集。 [2004-10-04 09:27 by ck-photo]
メディア [2004-10-06 04:41 by ck-photo]
-A Voice of Jerusalem- エルサレムからの声 [2004-10-08 08:49 by ck-photo]
ウソのような現実 [2004-10-08 23:44 by ck-photo]
ガンダルフの髭のように生きてゆこう [2004-10-10 19:47 by ck-photo]
夏の終わり、砂漠を湿らすのは雨の音。 [2004-10-12 19:51 by ck-photo]
あなたのイスラエル人度チェック [2004-10-12 20:45 by ck-photo]
杉原千畝氏と「ふぐ計画」とニッポンと。 [2004-10-17 21:13 by ck-photo]
知られざる1945年の脱走劇 [2004-10-18 21:23 by ck-photo]
死海のほとり [2004-10-21 02:30 by ck-photo]
散らばった羽毛のごとく [2004-10-22 21:25 by ck-photo]
塩の玉 [2004-10-24 02:18 by ck-photo]
ユダヤの葬式とシヴァ [2004-10-26 02:42 by ck-photo]
なんちゃってジャーナリスト、サイクリングへゆく。 [2004-10-27 03:23 by ck-photo]
胸に掲げられた星を見つめなおしてごらん。 [2004-10-28 03:29 by ck-photo]
彼の心理を探る!なんちて。 [2004-10-29 03:35 by ck-photo]
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by ck-photo | 2007-06-25 03:47 | おしらせ
異次元飛行

エルサレムを出て
テルアヴィヴ方面へと向かった
夕日を追いかけて
まるでどこか
アメリカ映画のワンシーン
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混沌としたエルサレムの
人の息と祈りのざわめき遠く

地中海のこの街には
ビジネスワールドな
ナーバスなエネルギーが渦巻く
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柔らかな波と
今にも消えそうな線香花火の夕日が
そんなこの街を
穏やかな一日の終わりへと
すべてを中和する

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エルサレムへと向かう
深夜の帰り道
オレンジ色の街灯
非現実的な異次元空間
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by ck-photo | 2007-06-24 08:38 | 何気ない日々
過去ログ2004年6月〜9月 復活。
とりあえず2004年6月から2004年9月中旬までの、3ヶ月間の旧ブログの記事をまとめて復活させました。あー、しんど。でもホント、いろいろと書いてたんですねえ・・・。いろんな意味で自分でも驚いちゃいました。わははっ。

過去ログに興味のある方はこちらのタグ「中東に降る雪」をクリックすると、アップした分のタイトルがまとめて表示されます。

コメントも開いてますのでどうぞご自由に書き込んでください。
時間のある限り返事もしますよ(笑)。

それ以降の過去ログもアップしていく予定です。
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by ck-photo | 2007-06-20 21:29 | おしらせ
スイカとカッテージチーズ
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さて、今年もスイカの季節がやってきて、マハネ・イェフダ市場にも並んでおりますよ。イスラエルでよく見かけるスイカの食べ方に、カッテージチーズとの組み合わせがある。はじめて勧められた時は「うー・・・ん・・・」と渋ったのだが、これが以外といける。スイカの甘さにチーズの塩気がグー。なかなか乙な味。

ですが、イスラエルのカッテージチーズは柔らかいというか、他の国のカッテージチーズよりもふにゃふにゃしているのがスイカとマッチするようで、イスラエル以外でもこの組み合わせで美味しいのかな?
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by ck-photo | 2007-06-19 03:35 | 中東の食卓+α
Klezmer(クレズマー)音楽
クレズマーとは、何千年ものあいだヨーロッパで離散したユダヤの民の歌。心のどこか一番深い場所で、いつか祖国イスラエルへ帰還する日を願い、何代にも渡って伝えてきた歌。悲しい心の叫び、人生の喜び、そして希望。そんなものがいっぱいに詰まった歌、それがクレズマー音楽。

日本では、公演1100回を超える森繁久弥氏のロング・ラン・ミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』がそんなクレズマーなユダヤ世界。このミュージカルは世界各国で公演され続け、ロシア革命直前のユダヤの迫害、そして彼らが離散してゆく過程を、ウクライナに住むテヴィヤとその家族を通し、伝統とは、家族とは、祖国とは、を描いている。

最近のクレズマーシーンでは、わたしの知人でもありレゲー・ミュージシャンから180度の転向を遂げたダニエル・アハヴィエル(Daniel Ahaviel)がイチオシ。彼の奏でるバイオリンは、彼のソウルミュージック。まさにユダヤの魂の音。出身地のロンドンではレゲーバンドで活躍していたが、ある時、自分のルーツであるユダヤとその音楽に目覚め、エルサレムへと帰還した。現在はエルサレムを拠点に、ヨーロッパ、アメリカ、そして南アフリカで離散したままのユダヤの民の元へとバイオリンひとつで飛び回る。 
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e0009669_21334285.jpgもうひとつ、クレズマー音楽で聴き逃せないのは、なんといってもMuzsikas(ムジカシュ)の『The Lost Jewish Music of Transylvania(失われたトランシルバニアのユダヤ音楽)』。ハシッド・ウェディング・ダンスなどいかにも東欧のクレズマらしい音楽。むかしの東欧では、ユダヤの結婚式と宴は安息日の晩に行われることも多く、安息日にユダヤ人が楽器を弾くのは禁じられているため、代わりにジプシーなどが結婚式でクレズマーを演奏することもありました。MuzsikasのこのCDはこちら(Amazon)にて購入できます。

クレズマー音楽に関心のある方はこちらも参考に。
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by ck-photo | 2007-06-18 20:25 | ユダヤ雑学
ちょっとお知らせ。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、実はこのブログに移る前に書いていた「中東に降る雪」というブログがありました。諸事情により2005年の11月で打ち止め終了し、その後長い間封印してあります。先日、いつも良きアドバイザーである友人からのメールで、その旧ブログのことを思い出し、一年ぶりかぐらいでログインしてみました。(はい、パスワードを思い出すのに少々時間がかかるまでに放置してありましてん・・・。)

久しぶりにそのブログを読み返してみると、自分でも驚くことばかり。ヘー、こんなことをこんな風に書いてたんや、と。そこで思いきって「開けごま!」。そろそろ自分でこの呪縛を解かなければいけないなと、旧ブログの記事を少しずつ手直しをいれながら、こちらで公開して行こうかなと思っています(それよりも370件に近い記事がある旧ブログを公開するという簡単な手もあるのですが、公開するならもう少しニホンゴ(笑)らしく手直ししたいなと)。旧ブログの記事にはタグ「中東に降る雪」を付けてゆきます。

ということで、これからもどうぞよろしくです。(ん?何が?・・・よくわからんけど。笑)
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by ck-photo | 2007-06-18 20:21 | おしらせ
ゲットーってなに?パレスチナはゲットーか?
先日、バール・イラン大学で比較宗教学の博士号を取っている韓国人留学生に車でエルサレムまで送ってもらったときのこと。

e0009669_6363998.jpg高速バスのルートとはちがう国道443を通って、テルアヴィヴ方向からエルサレムへ向かった。この路の近辺では、旧約のヨシュアの話やマカビーの戦いなどのユダヤ史がおもしろい。また途中でパレスチナ自治区のウェストバンク(ヨルダン川西岸地区)を一瞬横切るので、アラブの町や村のモスクの塔や沙漠の丘など、平和なときには「ああ、中東だなあ」と、旅の途中ような風景が続いている。(国道443の写真は他から借用)

ウェストバンクを横切りながら、はじめはそのグラフィックの描かれた壁は高速にありがちな防音壁かと思ったが、どうやらそうではないらしい。壁の後ろには有刺鉄線。在イスラエル8年になるその韓国人留学生が言った。

「こうしてパレスチナ人を有刺鉄線の向こうに閉じ込め、ゲットー*(収容所)にするなんて、ひどい話だよ。ホロコーストでナチがユダヤ人に行ったのと同じことをイスラエルはパレスチナにしているんだ。自分たちがそうされたからって」

パレスチナとイスラエルを分離する壁ができ始めてから、メディアやピース団体のデモなどで使われるアホなコメント代表だ。決して彼はアホではないが。

どんなお偉いさんが言おうとも、このゲットー論はめちゃくちゃである。まず、ゲットーを持ち出すのであれば、第二次大戦時のナチが作ったゲットーが一体何たるものだったかを知っていなければ話にならない。当時のナチによるゲットーは、ユダヤ人、ジプシー、外国人、そしてキリスト教の聖職者、同性愛者、など彼らの目指す社会に不適切だと見なされた人々を排除し「殺す」ために作られたものである。

e0009669_8425392.jpg仮にイスラエル側がパレスチナとの境界に有刺鉄線を置いたとすれば、それはこじれた状況の中でイスラエル側の身の安全(テロリストの侵入防止)、つまり自己防衛であって、ナチの作った「排除した者を隔離し殺すため」のゲットーとはまったく異なる。いわんやその反対の理由である。この443での有刺鉄線と壁の理由は、2001年などインティファーダ当時において、パレスチナのスナイパー(狙撃手=この場合はテロリスト)に一般ユダヤ人の通行車が狙われ死傷者が数多く出たことにある。最近でもちょうど一年前に、イスラエル国籍アラブ人が同じように彼らに狙い撃ちされ死亡している。

こういう状況で、この有刺鉄線の向こう側がパレスチナ人たちを抹殺するための居住区ということになるのだろうか。エルサレム周辺にも壁はあるが、その向こう側がそういった『ゲットー』だとは思わない。

そして、そもそもパレスチナとイスラエル間には他の国同様に国境を引くべきなのだから、そこにあるものが普通の鉄線でも少々物々しいが有刺鉄線でもいいのではないか。

と、仕事で疲れている帰路、わざわざさらに疲れそうな話には首を突っ込みたくなかったので、「ヘー」とか「あ、そう?」とか適当に返事をして、夕暮れのエルサレムに着いた。


*ゲットーについて(葉っぱの坑夫にも載せてありますが、少々書き直ししたものです)

■ゲットーとは

1:ゲットーの語源は13世紀のベニスが発祥のイタリア語で、石切り場の大きな穴という意味。のちにローマ教会がキリスト教徒とユダヤ人を区別するため、ユダヤ人を集めて住まわした地区がゲットーと呼ばれ、中世ヨーロッパにおけるユダヤ人居住地という意味でゲットーが用いられる。都市によっては壁に囲まれたゲットーもあった。

2:第二次世界大戦時においてドイツ軍によって強制的に集められたユダヤ人が、どの収容所に輸送されるかが決まるまでの借りの居住区のことをゲットーと呼んだ。有名なものでは1943年にドイツ軍によって破壊されたポーランドのワルシャワゲットーがある。ワルシャワゲットーは中世にユダヤ人の居住地だったが、その後ユダヤ人はゲットー以外に住むことを許された。そして第二次世界大戦時のドイツ軍によって再びユダヤ人を集めた居住地区となった。

3:日本語でのおもに使われる第二次世界大戦時のドイツ軍によるユダヤ人強制(または絶滅)収容所という意味のゲットー。英語ではおもにConsentration Camp(コンセントレーション キャンプ)という。


■Consentration Campとは

強制収容所と絶滅(または撲滅)収容所の二つに分かれる。

1:強制収容所は囚人を収容し、死に至るまで労働させることを目的とした。ドイツで最初に設置されたのはミュンヘン近郊のダッハウ強制収容所で、ダッハウ強制収容所は終戦近くになりガス室を設けられたが、一度として使われる事なく終戦を迎えた。

強制収容所での収容者はおもに政治犯、犯罪者、キリスト教神父、などヒトラーのイデオロギーとは異なった、社会に影響を与えそうな人達が収容されていた。ここに送られたユダヤ人たちは収容所で必要とされていた職業を持つ者、たとえば医者、針子、鍛冶、など何らかの手に職があった人達だったが、ドイツ軍における最終目的は彼らを抹殺することだった。

2:絶滅収容所ははじめから抹殺を目的とした機能の収容所で、ほとんどの絶滅収容所はヨーロッパ内で最も反ユダヤ主義の強かったポーランド国内に設置された。その中でも最も大規模で有名なのはアウシュヴィッツ絶滅収容所である。絶滅収容所での収容者は、主にドイツ人の純血を乱すと見なされた人種であるジプシー、精神病者、同性愛者、外国人、ユダヤ人、そして労働不可者(病人、子供、老人)など。
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by ck-photo | 2007-06-18 06:47 | 戦争と平和