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ハレンチでイカレポンチ!のサラ・ジェシカ・パーカー嬢
なぜかしら今や大人気のサラ・ジェシカ・パーカーさん。イスラエル国内に貼られた彼女のラックスのポスター。妻以外の女性の肌を見ちゃいけない正統派ユダヤの方々には、それはあまりにも「ハレンチでイカレポンチ」過ぎるらしく、「怒りのテッケン!」で衣替え。まぁ、彼女も一応ユダヤ人なので、他の人に与える影響も考えてもうちっと慎ましやかにしてほしいぞ、ってこともあってなんでしょうね。それにしても彼女、おちびさんですね。
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マンハッタンのアッパーウエストにはたくさんの「ちょっとひげもじゃ」ユダヤ人、と「すんごくひげもじゃ」ユダヤ人たちが住んでいるのですが、よく問題になるのはビルの外観に掲げられたヴィクトリア・シークレットのどでかい広告。ランジェリー姿の悩ましいお姉さんがビルの壁にでーんっと横たわった日には、もうそこのユダヤ界隈では大変です。ボイコットや広告撤回のデモなど、マンハッタンでもエルサレムでも変わりなし。
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by ck-photo | 2004-11-26 06:20 | 混沌の文化
バルフ・ゴールドスティンは凶悪犯罪者かヒーローか。
今日のお題予定は「ここがヘンだよ、田中さん」だったのですが、そのつもりで書き始めたら長いの長くないのって。面倒くさくなっちゃったので、その一部だけにしました。(と言ったって長いんですな、これが。)

うちのブログからもリンクさせていただいているジャーナリストの田中宇氏ですが、彼の政治関係の記事はモサドなどなんだのと、スパイ小説さながらなかなかおもしろい。でも今回のニュースレターで取り上げたイスラエルの右派の記事は素人の私でさえも「ちゃうで、これ~。」という部分がいくつかあって、ちょっとがっかりの助君でございました。やはりここの地の現状はイヤハヤ、わかりにくいのですね。

そこで、その中でも彼が記事中に触れているバルフ・ゴールドスティン。田中氏のバルフとヘブロンに関する記事に迫ってみました。

このバルフ・ゴールドスティンなる人物。94年の事件当時、日本の新聞にも大きく取り上げられたヘブロンでイスラム教徒へ乱射事件を起こした彼。田中氏の記事「イスラエル右派を訪ねて(下)」にはこう書かれている。


『1993年にオスロ合意が成立し、ヘブロンを含む西岸地域の多くがパレスチナ人側に返還される方向性が決まると、キリヤットアルバの宗教右派の人々は猛反対した。彼らの中の一人でアメリカから移住してきたバルチ・ゴールドスタインという男性が1994年2月、イブラヒム・モスクに行って礼拝中のイスラム教徒たちに向けて銃を乱射し、30人近くが死ぬという「ヘブロン乱射事件」が起きた。

 マクペラの洞窟では、それまでイスラム教徒とユダヤ教徒が混在して祈っていたが、この事件以降、ヘロデ王の城塞内部に新しく壁を作って半分ずつに分け、イスラム教徒のための礼拝場とユダヤ教徒のための礼拝場とを分離した。

オスロ合意の締結後、イスラエルとパレスチナの両方の人々に「これからは平和だ」と明るく考える風潮が広がっていたが、その楽観は、この乱射事件とともに吹き飛んだ。乱射事件の報復としてパレスチナ過激派「ハマス」による自爆攻撃が起こり、翌年には、和平を進めようとしたラビン首相が殺されてしまった。 』



では、らくだの某(わたし)は、これをどう説明するか。

『NYのブルックリン出身の医師であったバルフ・ゴールドスティン(バルチではありません。これについては後で説明します)はヘブロンでキリスト教徒、イスラム教徒そしてユダヤ教徒、宗教に関係なく心ある医師として働いていた。しかし、次第に状況が悪化するヘブロンで、多くのユダヤ人が武装アラブ人によって負傷し、その多くがER医師であるバルフの腕の中で亡くなっていった。

そして武装アラブ人たちはバルフに「次はお前だ」と執拗に脅迫するようになり、またもやヘブロンのユダヤ人虐殺計画を促した。バルフの祖母は1929年に起きたヘブロンのユダヤ人虐殺の場にいたということもあり、彼は過去の事例からもイスラエル政府は当てにならず、またもや見す見すユダヤ人が虐殺されるならばその前に敵を倒すしかないと、IDF時代の医療チームで経験した数ある無残な兵士の死など、ユダヤ人の死に対する恐れ、と生き残るための狭間に翻弄されつつあったようにも思えます。

そして94年、バルフはかなり以前からイスラム教徒とユダヤ教徒が分けられているヘブロンのマクペラの洞窟の祈りの場所へ、その武装グループのメンバー(もしくは関係者)が祈りを捧げている途中に入って行く。バルフは事前に隣のユダヤ人区のユダヤ教徒に何か騒ぎが起こっても、自分の逃げ道確保のためにドアは開けたままにしておいて欲しいと伝え、イスラム教区へ入って行った。

そして武装メンバーらしきグループが祈っている背後から銃を乱射し、29人のイスラム教徒を射殺した。バルフはそこで逃げようとしたのだが、この騒ぎに恐ろしくなったユダヤ人たちはすでにその場のドアを閉めてしまい、逃げ道を失い弾丸のなくなった銃をムスリムたちに奪われ、バルフは閉じ込められたイスラム教区で撲殺されてしまった。』


バルフ・ゴールドスティンは、イスラエルの世俗社会ですら気の狂った宗教右派の凶悪犯罪人とされ、彼の名を出そうものならばあんたもまたキチガイかと言われる。そしてその反対に宗教社会の極右派は彼をアラブ人を殺したヒーローとして讃える。どちらも間違っているよ。ユダヤ人を殺すアラブ人への乱射=自分たちは手を下さずに、しかも助かった=バルフは大ヒーロー、とはなにかあまりにも短絡で幼稚で情けない。

でも確かに彼はあの時点では正気を失っていたようだ。そこが問題なのだよ。なぜ彼一人がああいう行動に出なくてはならないほど、正気を失うような状況まで追い詰められたのか。単に結果だけを見てレッテルを貼っても意味がないし、彼を英雄視すること、またはキチガイ扱いすることは状況を理解することにつながりはしない。しかし田中氏の記述では『一人のキチガイ右派ユダヤ人のために和平が吹き飛んだ』とも読めてしまうのだよ、これが。

バルフ・ゴールドスティンはサイコな凶悪犯罪者でも、ましてや大ヒーローでもない。医師であり、ごく普通に妻と子供たちという家族を持っていたバルフ・ゴールドスティンは、いつまでももだかったイスラエルとアラブの現状が作り出した悲しい犠牲者の一人に他ならない。・・・っと思っちゃったわけさ。

お断り
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by ck-photo | 2004-11-25 07:45 | 戦争と平和
敬愛なるブロガーさま、「脳内便秘症」に気をつけて
さて、最近巷(ちまた)で流行りつつあるの言葉「脳内便秘症」。いえまったく、これまた小さな巷でして。便秘は脳内でも腸内でも、健康的によくないことに変わりはありません。

この脳内便秘。これにかかってしまうと脳みそがズキズキと痛みます。中に溜まったものを出そうにも出さないのが辛い。でも、思いきってすっきりはっきり言いたいことは言ってしまおう。これ、脳内便秘の予防法&解決法なり。

エルサレムに住むわたしの脳内ベンピの原因。ユダヤ人の多く住む土地というのは本当に様々な厄介かつ爆弾トピックを抱えていて、一個人がそれらについて書くに当たり、時々必要以上に神経質になることもある。

例えば、ホロコースト。今じゃ滅多に原爆についても語られることのない日本では、ホロコーストなどほとんど忘れさられた化石。この話題にはいろんな人の経験や思いがあり、それをどうやって必要以上にセンチメンタルにならずに、かつ、どこまで踏み込むか、そしてできるだけ現実的な視点で書くというのはなかなか難しい。

そして中東問題もしかり。日本ではまだまだパレスチナ自治政府を正当化し、イスラエルを批判するというのが一般的。現在のパレスチナ自治のあり方を賛美しない私へ「日本の恥」という言葉を投げかけられたこともあります。名の知れたジャーナリストといえどもおかしな解釈をしている記事をよく目にします。日本語の「ユダヤ」という文字さえも、なぜかネガティブな感じが含まれているような気すらします。そこを何とかして、その流れに反してできるだけそれらとは違った視点から書こうとすると、いやはや、脳内便秘が起こる起こる。こう書いたらどうだろう?いや、これはまずいかな、でもこのポイントは押さえなければ、とかね。

まぁ、なぜこんなことを今書いているかというと、これからも言いたい事はあるのに書けない、とか、思い切って書いたがためにドツボを踏むをとか、あると思うんですよ。過去にもあったわけだし。もちろんそれは私だけじゃなくてね。世界のみんなが私が思っているあれこれと同じように考えているわけじゃないですからね。まぁ、それはそれでいいんですけどね。なんだかまとまりませんが・・・ブロガーのみなさん、脳内便秘にならないように行きませう。

次のお題予定は「ここがへんだよ、田中さん」です。
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by ck-photo | 2004-11-24 07:37 | 混沌の文化
魚とサカナ - 旅行の役にも立たない ヘブライ語ミニミニ講座
ヘブライ語と日本語、まったく違う言葉なのに、どことなく似たような発音。

☆名前編

秋葉さんとアキヴァさん(決してアキバ系ではない。笑)
痛いとイタイさん(男性の名前ね。うーん、微妙。)
公園とコーエンさん(典型的なユダヤ姓)
坊主さんとボァズさん(ちと苦しい・・・。)
お花さんとオハナさん(モロッコ系に多い苗字)
花とハナ(女性の名前)
田丸さんとタマルさん(女性の名前)
えん魔君とドロン君(これも男性の名前)
美晴さんとミハルさん(女性の名前ね)
日産とニッサン君(これまた男性の名前)


☆単語編

危ない!=サカナ!(マグロ!・・・ではない)
それがどうした?=アズマ?(それがどうした東さん?)
ほらほら=サァサァ (ほぼ日本語?!)
下痢=シュルシュール(イメージ湧くなぁ・・・)
お母さん=イマ(今、居間にいるからイマ?!・・・すみません。汗)
おちんちん=ブルブル(ノーコメント・・・)
暑い・熱い=ハム 
寒い・冷たい=カ~。(って、カラスかい!)
私=アニ(妹でもアニ?)
おじいちゃん=サバ(やっぱりサバは味噌煮込みだね)


☆擬態語っぽく聞こえる?
クムクム(やかん、湯沸かし器)
バクブック(ボトル。水の音ぶくぶく?笑)


他になにかあったかな?
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by ck-photo | 2004-11-22 07:24 | ユダヤ雑学
雨音はクラゲの調べ
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金曜の午後のマハネ・イェフダ市場で見かけたクラゲ3兄弟。
正統派の彼らは雨が降っても傘はさしませんね。
代わりにシャワーキャップのような、こんなシロモノをお帽子の上に。
どこで買うのか気になってしまいます。
雨がひどい時には靴にスーパーのナイロン袋の防水技もあり。
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by ck-photo | 2004-11-21 09:46 | エルサレム・エルサレム
黒猫のたんごdeえるされむ
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エルサレムの町角で
「ほらっ、みてみて」
とカーテンを開けてくれた親切な黒猫を見つけました。
おなかがぷっくり、かわいいね。
窓の外には黒い帽子が歩いてゆきます。
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by ck-photo | 2004-11-19 09:43 | 何気ない日々
マカビアンなビールとスポーツ、と歴史と。
みーるさんの 器用貧乏といわれても から「何だかいつの間にか白羽の矢がささっていた企画(くわしくは記事の終わりをごらん下さい)」で、珍しくスポーツ関係です。



さて、スポーツ。ホロコーストの収容所でのスポーツの話しにしようか、それともユダヤの歴史からにしようか迷うところですが、とりあえず時期的にも歴史にしましょうか。早いもので、ややもすると12月になるのですが、ユダヤ暦ではもうすぐハヌカというお祭りがやってきます。また祭りか、というため息も聞こえてきそうですが、このお祭りは8日間ロウソクを窓辺に灯して「光の祭り」とも言われています。

ハヌカは紀元前167年のマカベア戦争でユダヤ人が勝利したことを記念した祭りで、当時のイスラエルは、ヘレニズム文明を広げようとしていたギリシャのアンティオコス帝の支配下にありました。そこでギリシャ人はユダヤの神殿を占領しギリシャの神の偶像などを持ち運ぼうとし、ユダヤ教徒にユダヤ教の規則を禁じ、異教のギリシャの慣習を押し付けたりしました。そのギリシャの神々への偶像礼拝や文化に抵抗した、多くの敬虔なるユダヤ人は命を落としてしまいました。そこである村のマカビという一家の息子たちが立ち上がり、反乱を起こしてついにはギリシャからの独立に成功。そして神殿を奪還し、清めて明かりを灯そうとした時に、たった一日分しか残されていなかった神殿用のオリーブ油が、なんと奇跡的にも8日間燃え続けたという言い伝えがあります。そこでハヌカではロウソクを8日間に渡って灯し、神への感謝を忘れないため「光の祭り」と呼ばれています。

さて、ゼウス神などの多神を崇めるギリシャからユダヤ人を救ったマカビ家。この「マカビ」という名前はユダヤ文化では今や不敵のヒーローの代名詞で、日本でも最近では見かけるイスラエル産ビールの名前や、サッカーではマカビ・ハイファは強豪チーム、バスケではマカビ・テルアビブなどなど、マカビの名に恥じぬよう、あちこちで活躍しています。そして世界中のユダヤ人が集って行われる「ユダヤ人のオリンピック」があるのですが、オリンピックの起源はもともとギリシャの神々が関わっているのですが、多神教と偶像崇拝はそれらを認めないユダヤ教とオリンピックは絶対に反するものなので、このユダヤ「オリンピック」大会は過去のユダヤとギリシャの歴史を忘れたのか、はたまた宗教を皮肉ったのか、「ユダヤのオリンピック・マカビアン」と呼ばれています。マカビとオリンピック、かのマカビ家の人々のため息が聞こえてきそうです。

97年に晴れ晴れとテルアビブで行われたマカビアンでは、その式典に使用した橋が、これまたお約束どおり、重さに耐え切れず崩れ落ちて、かなりの数の選手が川に投げ出されて数名の死者も出しました。そして死因はなんと「川の汚染された水の猛毒に当たった」のだそうです。そこで初めて川がかなりの危険度に汚染されていたことが公に・・・。ちなみにこの川はテルアヴィヴのど真ん中。それまでなにも知らずに市民が釣りやカヌーの練習、ボートに乗ったり、と川の少ないこの国で、海ではできないウォータースポーツが盛んに行われていました。スポーツするにもイノチガケ、あぁ、なんてオソロシヤ、イスラエル。

☆イスラエルのサッカーの日本語ウェブはこちら


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何だかいつの間にか白羽の矢がささっていた企画
【テキストサイトをつないじゃおうぜ】のお知らせ

「スポーツ」をお題に何ぞ一筆お書き下さいませ。
本当は、どなたかにお知らせしなければいけないようなのですが
ここはブログ。トラックバックというステキな機能がある世界。
と、いうわけで自主的に御参加下さいまし。(ルール変えたらだめ?)
はいはい、いつもいらして下さる皆様も、一見さんも参加可能ですよ〜。
書かれた後はテキストのあるURLをalbireo_oeribla@yahoo.co.jp
までお送り下さい。(主催されている方のメールアドレスです)

詳しくはコチラ
http://zaregoto2004.fc2web.com/kikaku/17text.html
とこちらHere comes the moon
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by ck-photo | 2004-11-17 09:03 | 混沌の文化
H君の場合
昨日の話に登場したH君ですが、今日は彼のお話をしましょう。

このH君。歳は二十歳過ぎ、アラブの若者らしくコーヒー色の肌ですらっと高く伸びた背、どちらかというとお忍びのマハラジャの王子様のような凛とした雰囲気の好青年。クマオさんのレストランで一生懸命に働いていたこのパレスチナ人H君。働きっぷりはニッポンのお寿司やさんの見習いさんのように、無口、まじめ、気がよくつく、とエルサレムのグウタラアラブ人よ、見習え!と言いたいくらいに、店内はいつもピカピカ。

このH君の出身はパレスチナ自治区のラマッラに近い小さな町。当然、子沢山一家、兄弟も多く、家計を助けなければならないが、自治区の町ではH君が簡単に仕事を見つけられるような状況ではない。そこでなんとか伝を頼ってやって来たエルサレムで、いつしかクマオさんのレストランで働くようになったのだった。

が、このH君、エルサレムへは「潜り」である。そう、彼はイスラエル側での労働許可証を持っていないのだ。この労働許可証を持っていないということは、当然自治区とイスラエルの間にあるチェックポイントは通してはもらえない。そこでH君はチェックポイントを避けて砂漠の裏道を通り抜けては、クマオさんの店へ駆け込んで来ていた。エルサレムにいる間はうっかり見つかれば逮捕される、というおっかなびっくりの毎日で、数ヶ月に一度ほど、自治区内の実家へ顔を出しに、来た時と同じように裏道をそっと抜けて行く。

そして店主のクマオさんは、実はイスラエル版単身赴任。彼は週末になると店を閉めてうれしそうに、彼の愛するモロッコ妻と息子さんの待っている北部の町へと帰って行く、という生活をはじめて早数年(そういえば週末にはヴォッカでべろんべろんにヨパライ熊になってることが最近多いなぁ・・・)。そこでとっても懐の大きい店主のクマオさんは、彼のダブルベッドが置いてある店の奥の倉庫をH君の隠れ家にして、週末以外は二人で寝起きも仕事も生活の全てを共にしていたのだった。

昼間の暇な時間に遊びに行くと、彼ら二人で仲良くお昼ねをしていたり(はじめて見た時にゃ、ちょっとびっくりしたよ・・・)、こちらもH君とも徐々に打ち解けて、自治区内での話しをよく聞かせてもらったりと、一度彼の実家のレストランにも来てねとも言われていた。そんなある日、頼まれていたメニュー用の写真を持ってクマオさんの店に久しぶりに顔を出すと、めずらしくH君の姿が見えない。

「あら?H君は実家にでも帰ったの?」

そうノンキに聞いてみると、クマオさん、とっても困ったように頬に手をついてこう言った。

「おー、H君ね。昨日捕まっちゃったよぉ。ついにね。僕も残念ながらこれ以上はかくまえないよ・・・。だって今度見つかったらさ、僕が罰金払わされるしね。とほほっ。」

さらに詳しく話を聞けば、どうも隣のピザ屋のハゲアタマおやじが、彼の店の売り上げが今ひとつ伸びないのは隣のクマオさんの店のせいだと、日頃からのネチネチ意地悪の延長で垂れ込んだらしい、と言うのだった。そこでH君はお縄ちょうだいとなって、あっけなく自治区へ送り返されてしまったのだった。

それから一度だけH君はまたもや裏道を抜けてクマオさんの店へやって来たが、「やっぱりしばらくは無理だね」ということで、クマオさんからほんのわずかだけども当座をしのげるようにと渡されたお金をポケットにしまって、また姿を消してしまった。あれから半年たって、クマオさんから久々に聞いたH君の身の上話が昨日の「この2000ドル分の食材どうするよ?」だったのですわ。

これは私個人が知っているパレスチナ自治区の人の話なので、この話が全てのパレスチナ人や自治区、そしてイスラエルの状況に当てはまるわけではないとお断りしておきます。でも、H君の話をひとつ取ってみても、自治区住民に労働許可証を与えないイスラエルが一方的に非難されるべき対象なのか、それともあれほどの資金がありながらも、何十年と一向に庶民の生活レベルが改善されていない自治区のあり方に問題はないのか、そろそろそのあたりに焦点を当てるべきではないでしょうか。
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by ck-photo | 2004-11-14 08:40 | エルサレム・エルサレム
終わりとはじまり
旧市街に近いところで友人がシャワルマとファラフェルの店をしているので、昨晩久しぶりに行ってきました。

彼は子供の頃にロシアのウクライナからやって来た青い瞳の移民で、その彼がコテコテの中東のカバブやファラフェル(ひよこ豆団子)などの店を経営しているのって、なんだかイスラエルならではのごちゃ混ぜというか。そして彼の愛する看護婦さんの奥さんはモロッコのマラケッシュの出身。バリバリのモロッコオンナとロシア男。移民先の町で出会って恋をして。彼らの10歳になる末の息子さんはモロッコ的でとてもエキゾチックで、しかも青い青いロシアの瞳で将来はイケメン確定。

さて、このロシアのハンサムな中年男、クマオ君。インティファーダがはじまるすぐ前にこの店を構えたのですが、それまでは店の前を通って旧市街へ行く観光客や隣の市役所の公務員などで、朝の8時ごろから深夜過ぎまでいつも賑わっていた。

そしてインティファーダが勃発して、がく~んっと一挙にゴーストタウンとなったエルサレムでの生き残り合戦がはじまって。そしてそれに加えて度々起こるストライキ。市役所員も当然仕事に来ない日が数週間もそれも幾度となく続いて、それでもあれやこれやと手を変え品を変え何とか今まで繋いできたらしい。

ある時は店のキッチンの鉄板が消え、その代わりに仕入れたトルココーヒーのセルフサービスで客を呼び寄せ、そのコーヒーがなくなると今度は二台あった店のテレビが奥の一台だけとなって、でもその冬の間はスープがメニューに加わった。あの頃店に行くと、クマオ君はよく店の入っているビルの屋上に上がっていた。ケーブルテレビをよそのアンテナから勝手に引っ張ってきては、時々映らなくなったりして、それを屋上でまたつなげ直していた。そんなこんなで今日まで何とかやって来た。

昨夜は木曜の晩とあって、日本でいえば土曜日の晩のように、クマオ君のレストランの店内は常連客でにぎやかだった。ここの常連さんはまったくもって一癖も二癖もある。でもまたそれは別の機会にでもお披露目しましょう。そしてその賑わう店内から、いつもはがらんとした表の通りを眺めていると、どうも今夜は何か違うようで、なんだかやたらに人が歩いている。

あらっ?とよく見ると皆さんアラブの方ではないですか。どこへ行くんだろう? ん?みんなお買い物へ行ってきた袋を下げてますね。そこで、クマオ君の店で働くイスラエルリー・アラブの青年が教えてくれたのは、パレスチナ暫定政府は「我らがアラファッちゃんの喪に服して今日からの40日間はすべてのパレスチナ人は店を閉めること!」と法令を出したのだそうだ。

おかげで東エルサレムのイスラエリー・アラブのみなさんも右へ習え出店を占め、住人たちは夜な夜なエルサレムの新市街の商店へと買出しへ。そう言えば、旧市街でも今日はキリスト地区とムスリム地区の店も閉まっていたし、店主たちはそ~っとシャッターの隙間から、ちょっとおっかなびっくりに閉めよかな開けよかな。でも、ここはイスラエルの町で、自治区内じゃないんだけどね。

そして一ヶ月続いたラマダンの終わりは近い。日曜日にはラマダンは明けてしまう。クマオ君の店で以前働いていた自治区のH青年の実家のレストランでは、ラマダン明けの大入りを見越して、大切な貯金の2000ドルをはたいて大量の食材を仕入れたばかりなのだそう。でもこれからの40日間、まったく店を開けることはできなのだろうか。店を開けたら放火するぞとあちこちが脅されているとも聞いた。2000ドルは彼ら一家の半年間ほどを生きていく金額だったのに。

今が終わりではじまりのはじまり。ここからのイスラエルとパレスチナの行く末は如何にか。
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by ck-photo | 2004-11-12 08:38 | 混沌の文化
Nature Kartaの祈りも届かず不死鳥ならず
亡くなりましたねぇ。我らが友アラファッちゃん。いやもといアラファトさん。やっと亡くならしてもらえたというか。アラファト議長の廟をさっそく建設開始らしいですが、そんなことにお金使うなら、他に使い道があるんじゃないのかなぁ? まあ、いいですけどね。

新議長であるアッバスさんは、言い切った。
「議長の死は軟禁生活を押し付けたイスラエルのせいだっ!」

ふ~ん。いいよね、こういうふうに恥も外聞もなく何でも言えちゃうのって。故サイードはアラファッちゃんがパレスチナをだめにしたと言ってたかなぁ・・・。アメリカのじょ~じ君は「和平に向けた好機」とお気軽ですね、相変わらず。まあ、そうなるに越したことはないですけどね。

e0009669_7335564.jpgそしてこの写真、何かが変ですねぇ・・・・。フランスでアラファッちゃんの写真とロウソクを灯して彼の回復を祈る明らかに正統派ユダヤの人たち。・・・ですが、彼らはユダヤ人なのですがNature Kartaと呼ばれる極アンチ・ツィオニスト団体、つまり反イスラエル派で、同じユダヤ人の国家イスラエルを認めず、アラファッちゃんを支持。それには宗教的理由があるのですが、わかりやすく言うと、メシア(彼らの第一言語であるイディッシュ語ではモシア)を待っている彼らにとって、イスラエルはメシアの再来によってのみ再建されるというもの。なのでメシアがまだ現れていない現在のイスラエルを彼らユダヤの人の国としては認めていません。そこで、イスラエル滅亡を実現してくれるであろうアラファッちゃんの回復を、わざわざニューヨークから駆けつけてお祈りしてるワケ。

いろんな人がいるものですね。
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by ck-photo | 2004-11-11 07:33 | ユダヤ雑学