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スコット、仮庵の祭り。
正統派ユダヤの町、メアシェアリムに行ってきました。飛び交う言葉はヘブライ語に英語、そしてイディッシュ語。町中が今週の水曜日にはじまるスコット(仮庵(かりいお))の祭りの準備で大忙し。

新年とヨム・キプールが終り、秋のはじめ、穀物の収穫もすむ頃にこの祭りはやってきます。その昔はエルサレムへ参拝に来る祭りであるペサハ(過ぎ腰の祭り)とシャヴオットと並んでユダヤの3大祭りの一つでした。

スコットの祭りでは、男性は自分の所有地にスカと呼ばれる小屋を家の外に建てます。スカの天井は椰子の葉などで覆うのですが、所々に隙間を作り、空や星が見えるようにします。祭りの7日間は、男性はこのスカで食事をしたり、夜はここで寝泊まりしますが、スカに住むことによって、聖書の出エジプト記に書かれているように、ユダヤの民がモーゼに連れられてエジプトから脱出し、砂漠を40年さまよった事を忘れまいとします。

つまり物質の豊かさにまぎれてついつい忘れがちなこと、この現世の生活は決して自分達の力だけではない、それはカミサマによって与えられたものだと再確認します。そしてスコットのもうひとつの目的は、世界中に雨がもたらされることを祈ります。

これは夕暮れのメアシェアリムの様子。スカの中に飾るお飾りや雨乞いの道具を買いに来た人たちで、町はとても混雑していました。

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論議がお好きなひげもじゃさんたち。
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ユダヤ人、3人よれば4つの意見が出ると言われるほど。
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by ck-photo | 2004-09-29 08:04 | ユダヤの暦
ゾンビの街エルサレム ヨム・キプールの日
今日のエルサレムは例年のヨム・キプールになく穏やかな一日でした。
毎年この日は本当に暑いのに、今年はそれほど暑くなかったんですよね、なぜか。

午後に自宅の外に出たのですがもちろん車は一台も走っておらず、その代わりに車道にも歩道にもシナゴーグへ歩いて行く人々。なんだかみんなゾンビのようで、ゆっくり、ゆっくり、一歩一歩。時にはフラフラな姿も。表情はげっそりと憔悴。そりゃそうですよね。断食も追い込みに迫った時間帯でしたから。ヨム・キプールではなぜ断食をするのか。この日はありとあらゆる肉体的な快楽はタブーで、肉体的な苦を与える事で精神的に苦しもうということ。ちょっとマゾっぽいかも?

今日はユダヤの行事ごとらしく白い洋服が目立ちました。ヨム・キプールにはぜいたく品は身につけてはいけないので、アクセサリー類はもちろんのこと昔は贅沢品に入ったのでしょうか革靴は履かず、サンダルやスリッパのフラフラの足元。不謹慎ですがちょっと笑える姿でした。

私はといえば・・・。なぜか昨日の朝方に背中の筋をひねってしまい、上半身の自由が利かず、痛み止めを飲んでもダメ。立ってても寝ていても辛いのですが、あまりにも暇なのでシナゴーグへ行ってきましたが、断食プラス予定外の肉体的な痛みを誰よりもバシバシ感じる事のできたヨム・キプールでございました。と、不届きにもシナゴーグで皆さんが真剣にお祈りをしている最中に友達とこんなこそこそ話で大爆笑してしまいました。こんな新年の出だし、先が思いやられます。

ニッポンでのヨム・キプール「断食のNEWなおもひで」からのTBでした。

そして来週はスコットと呼ばれる「仮住い(かりおい)の祭り」がやってきます。
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by ck-photo | 2004-09-26 07:15 | エルサレム・エルサレム
マドンナもお好きなカバラのバシェレット
昨日と今日のここ二日間で、またエルサレムのフレンチ・ヒルとガザ地区で自爆テロといざこざがありましたが、これについて書く気力がないので、他に何かスピリチャルな話しでも。

テヘランのサラさんのブログ「イランという国で」関係ですが「ムスリムの結婚観」という記事を読みましたので、それではこちらは「ユダヤの結婚観」と行きましょうか。

ユダヤの結婚については、以前に結婚式の話で書いているので、今回はアシュケナジーと呼ばれる東方ヨーロッパ系の正統派の結婚について。

ユダヤの正統派社会では、昔の日本のように小学校から一貫して男女は席を同じくせず、何をするにも男女が混ざる事はありません。例えば結婚式ではホールの真ん中にメヒツァと呼ばれる大きな男女分離壁。これも以前書いたのですが、新郎新婦を含め、家族でもメヒツァのあちらとこちら、男女に別れ、ダンスなど各々で宴を楽しみます。また安息日などの食事でも、ゲストに呼ばれた親戚や友人たちもテーブルのあちら側は男性、その向かい側に女性とまちがいが起きないように配慮されます。夫婦の場合は共に並んで座ることもありますが、妻の反対隣には他の女性または子供、そして夫の反対側には男性または子供と、その両隣には同じ性の人が、または子供を異なる性別との間に挟んで座ります。

こんな宗教社会では、自然に年頃の若い男女が出会う場などはなく、いまだに自由な恋愛結婚はまずあり得ません。結婚は子供が15歳あたりから親が親戚やコミュニティーの「シャッドゥカニット」と呼ばれるお見合い斡旋者を訪ね、精神レベルや宗教観レベルなどを考慮し、「バシェレット」探しをします。

この語源はイディッシュ語の「運命づけられた」という意味を持つバシェレットとは、ソウル・メイトのこと。アダムとイブが二人で一人だった様に、この世の中にたった一人いるあなたの残りの半分である相手。ここ数年マドンナがハマってしまいビデオクリップに取り入れたり、ハリウッドでプチブームなカバラ(一般的にはユダヤ神秘主義と言われている)の教えのひとつであるバシェレットは、人が生まれる40日前に誰がその人のバシェレットであるかが決められ、人はこの世に生れ落ちてからその人を探す旅がはじまるとされています。

e0009669_522648.jpgしばらく私が住んでいたNYの正統派コミュニティーを舞台に、カバラとバシェレットをテーマにしたおもしろい映画があります。メラニー・グリフィス出演で、刑事である彼女は捜査にやって来た正統派ユダヤの町で、価値観のちがいに戸惑いながらも、そこで生きる人たちの持つ価値観に心を打たれ始めます。そしてラビの跡取り息子でハンサムかつ優秀な正統派の青年に恋をし、二人の間に徐々に禁断の恋心が芽生える。しかしメラニーが自分のバシェレットではないとを知っている青年は、恋の欲求だけに翻弄されず、やがて真のバシェレットとの見合い結婚へと。かなわぬ恋、住む世界がちがうという現実に打ちのめされたメラニーは、元の世俗の世界へと戻って行くのか。さて、それは観てからのお楽しみということで。*この映画に興味がおありの方はこちら「刑事エデン 追跡者」をどうぞ。

話はちょっとずれましたが、そうしてバシェレットを見つけ、いよいよ夫婦としての生活がはじまるわけですが、腫れた惚れたの末の結婚ではないので、とにかくまだ数回しか見たことのない人との共同生活のはじまりと言ったほうが的を得ていますね。なぜそういう結婚の仕方かというと、結婚とは決して綿菓子で包まれた甘い生活ではなく、毎日のひとつひとつの積み重ねであると。結婚はコツコツした「Work」にその成功があると。なので、熱病のような恋心だけでは続かない。もっとその人の本質と向き合って、協力しあい育ってゆくもの。愛はするものではなく育ててゆくもの。恋はするもの、美しい幻想のようなもの。

保守的と言えばそれまでですが、その価値観を維持し、そこに存在するとてつもない信心を貫くという強さ。ユダヤの正統派の世界と結婚観。さて、あなたは本当のバシェレットに巡り会えましたか?
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by ck-photo | 2004-09-24 04:57 | ユダヤ雑学
本日、ヨム・キプールのエルサレム
バルコニーへ出るとチキンスープのいい香りがあちこちから漂って来る今日のエルサレム。猛暑になることの多いヨム・キプールにしては珍しく、空は穏やか、風はさわやか。

ただいま午後の3時。
国営放送だけはヨム・キプールの特別番組を流しますが、
その他のラジオもテレビの放送もすべて終わりました。

こちらは嘆きの壁からの24時間実況中継です。

Have an easy fast!
And Hatima Tova!
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by ck-photo | 2004-09-24 04:16 | エルサレム・エルサレム
ユダヤママのチキンスープとハティマ・トヴァ
明日の金曜の晩には、ユダヤの一年のハイライトとも言える「ヨム・キプール」という贖罪の日がやって来ます。そろそろ空の上では各々の本も広げられて大騒ぎの頃でしょうか。

ヨム・キプールは断食の日で、このカラカラの中東で水一滴も飲まずに24時間耐え忍びます。金曜日の日没とともに安息日と同様、書くなどの「仕事」と呼べることは一切タブー。バスもタクシーもすべて止まり、暑い日中はずっとシナゴーグで祈りが行われます。この日は普段安息日などを守らず普通の生活スタイルの人も例外ではなく、まるで国中の時間の止まったようです。もちろんそうなるとまだユダヤの成人として義務のない子供たちは大はしゃぎで、車がいっさい走らず歩行者天国となった通りを駆け回ります。1973年のヨム・キプールではこの国がまったく起動しないのをいいことに、ヨム・キプール戦争が勃発しました。

さて、ユダヤの祭りや行事は常に食卓と切っても切れない深ーい関係があるのですが、ヨム・キプールでは宗教社会の人たちだけではなく、世俗の人たちでも一切料理をしないという家庭もあり、ヨム・キプール前日はユダヤのママたちは、ヨム・キプール明けの晩に食べる食事の用意に大忙しとなります。明日の金曜の午後には街中「ハティマ・トヴァ(良い審判をね)!」という言葉が飛び交い、チキンスープの香りが漂いそうです。

ヨム・キプール明けのメニュー、ナンバーワンはやはりチキンスープでしょうか。断食明けには消化しやすく水分を含んだ食べ物がいいとされ、アメリカでは「チキンスープとユダヤママ」なんてタイトルのレシピ本など出版されているほど、ユダヤママの代表料理と言えば、チキンスープ。コクがあって栄養たっぷり。風邪を引いたら、病気をしたら、はいっ、チキンスープ。日本人の繊細なおなかにはちょっときつかったりもしますが。

〜ユダヤママのチキンスープのレシピ〜

★用意するもの:

・手羽先を350~500グラムほど。
・たくさんのニンジンを角切りに。
・皮をむいたタマネギ丸ごと2個。
・ねぎとパセリの束。たくさん思い切ってね。

・スープの素(野菜スープで十分)
・ローレルの葉っぱ(数枚)
・ウォッカ(少々)

★作り方:むちゃくちゃ簡単!

大きな鍋に材料をぼんっと全部入れて、
お水は十分すぎるほどたっぷりに。

鍋を弱火にかけて、コトコトコトと1〜2時間ほど煮込む。
手羽先にフォークをさしてみて、柔らか~くほぐれそうならOK。
この時点でお鍋のスープは半分弱ぐらい。

鍋の中身を一旦スープと分けて(ざるを使って他のお鍋に移し変えるとやりやすい)、
チキンの身が冷めたら食べやすいようにほぐします。
この時に皮は剥がして捨てます。
パセリとねぎもクタクタなので捨てる。
ちなみにワタシはムニャムニャ食べちゃいますが。(笑)

ニンジンとタマネギとほぐしたチキンをスープの中に戻して、
塩で味付け、少々お砂糖を入れるとコクが出ます。
食べる前にわけぎとお好みで胡椒パッパ。
どうぞお試しあれ。
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by ck-photo | 2004-09-23 03:56 | 中東の食卓+α
マサダの砦とユダヤの誇り
エルサレムから南へ下がる。車窓の樹々は所々うっすらと草の生えた沙漠の丘となり、海抜マイナス400メートル。左手には世界最古の町エリコが見えてくる。そこを過ぎると、ぼーっと暑く霞のかかった波もなくただ静かに広がる死海と、赤茶けたゴツゴツした岩肌の山々。

マサダの砦。

1世紀の初め、ローマ軍に奪われたエルサレムから逃げ延びたユダヤの人々が、このヘロデ王が残したマサダの砦に立てこもり、ローマ軍に降伏することを最後まで抵抗した歴史的な沙漠の砦。当時1000人ほどのユダヤの人々が、ローマ軍によって陥落されたエルサレムから逃れ、この沙漠の砦に水を蓄え、町を作り、砦の下から攻めてくるローマ軍との戦いに挑んだ。そして西暦73年。3年という長い月日をこの荒野のマサダで生き延びたユダヤの人々は、遂にその最後の時を迎える。

山の裾野からどんどん押し寄せるローマ軍は、今にもこの高くそびえる沙漠の赤茶けた砦を攻め落とそうとしている。その最後を悟った960人のユダヤの人々は、互いにくじを引きあい、誰がどの順で誰を殺すかを決めた。そう、最後のひとりをも残さずに・・・。彼らはローマ軍に降伏してユダヤの誇りと威厳を捨てて生きるよりも、ユダヤとして死ぬことを選んだ。敵の手にかかる前にマサダの住人960人は、各々の家族で死出への旅立ちへのくじを引いた。一説によると、各家庭の父が皆をあの世へ送り、残った男たちは各々を家族の元へと送ったという。


現在マサダの砦は、イスラエルでもエルサレムに次ぐ人気の観光地。死海近くの山のすそのからは、ロープウェイが砦のある山頂まで通い、ロープウェイから見下ろす足元のはるか下には、当時ユダヤの人々が砦まで登った「蛇の小道」やローマ軍が野営していた跡地があちこちに今も残っています。頂上の広い砦跡にはネゲブの荒野を見渡すヘロデ王の宮殿のテラスや、住人の使用したサウナやシナゴーグの遺跡などがあり、そこからの景色はまさに絶景。見渡す限り生き物の気配のない赤い乾いた砂漠と、それを照りつける太陽。そして、じっとただ横たわる幻のような死海。

イスラエルの若者は18歳になると男子は3年から4年、女子は2年間にわたり徴兵されますが、軍隊のユニットによっては入隊式をこのマサダの砦にて行います。そして、このマサダで敵に降伏することなく、誇り高く死んでいった彼らの先祖の魂を忘れまい、そして二度とその悲劇を繰り返さないように「Masada shall never fall again」と胸に誓います。
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by ck-photo | 2004-09-22 05:15 | ユダヤ雑学
「神よ、女性に生まれなかったことに感謝します」
「Special Days」からのTBです。
なんだかTB続きですが、ちょっと気になったのでTBさせていただきました。
(追記:現在はこのTB先のブログは終了されています。)

ユダヤでは一般的に女性は男性よりもスピリチャルな生き物とされています。男性が同じように女性のスピリチャル・レベルに近づくには、かなり多くのことを成し遂げなければなりません。例えば、男性は決められた時間に決められた祈りを、決められた祈り方でしなければならないとされています。ユダヤの男性は一日に朝、午後、就寝前に祈りを唱えますが、暗記や目で追うだけの祈りはよしとされず、必ず祈りを一句一句音読します。女性は家事や育児で決まった時間に祈りを捧げにくいため、男性のように必ず祈らなければならないわけではありません。

そのユダヤの朝の祈りで男性が言わなければならない祈りに、なんとなんと、「神よ、わたしが女性に生まれなかったことに感謝します」という意味の文章があります。この一句、その意味を知らなければ、またはフェミニストならばなおのこと憤慨するでしょうし、男性は「やっぱり男は偉いんだな」と思いがち(勘違い?)。さらに女性の祈りの句には、「非ユダヤ人に生まれなかったことに感謝します」というとんでもない句があります。これもユダヤ人ではない人や人権団体などが聞いたらさぞ激怒しそうな一言ですが・・・。さて、これらの祈りの本当の意味はどうなのでしょう。

「キツネの頭になるならライオンの尾になれ ー選民思想とはー」でも書いたのですが、ユダヤの民には世界秩序とモラルを正すという大変なタスクと責任がありますが、そこにこの祈りのキーが隠されています。もし自分がユダヤ人でもなく、またはスピリチャルな女性に生まれたとしたら、自分を成熟させる努力や神に近づく努力など、人としてしなければならないことをしなかったであろう。しかし、ユダヤ人として生まれ、それらのタスクを課してくれてたことに感謝する、という意味の祈りなのでした。

うっかりと言葉の表面だけを受け取ってしまうと、とんでもない誤解が生まれるユダヤの祈りでした。
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by ck-photo | 2004-09-19 20:52 | ユダヤ雑学
キツネの頭になるならライオンの尾になれ ー選民思想とはー
e0009669_1715343.gifユダヤの新年の晩に聞いた話から思ったことを少し。プジョーのロゴとよく似たライオンが街のシンボルなエルサレム。

ユダヤの新年の食卓には、甘い年になるようにとリンゴとはちみつが上りますが、魚が泳ぐ時、当然先頭になるのは尾ではなくアタマ、つまり尾にならずに頭になるようにと、魚の頭もテーブルの上に堂々と飾られます。

選民思想。これは多くのユダヤ人自身を含む世界中の大多数の人たちによって、最も誤解されているユダヤの教えのひとつなのですが、一般的にはユダヤ人が「おれたちゃ神に選ばれた民だから偉いんだよ、フン!」と非ユダヤ人が劣等であるかのような差別意識を表わした思想だと思われています。過去のヨーロッパでも事あるたびにこの誤解された選民思想が他の人たちの反感を買い、なぜああいった悲惨なホロコーストが起こったかの理由のひとつとしても語られてきました。

しかし、選民思想とは本当は一体どういうことなのか。

選民とは、一般に理解されている「選ばれた民」ではなく、「選んだ民」。多神教が流行りモラルも何もなくなっていたアブラハムの時代。そのモラルの欠けた世に生きたアブラハムは疑問と自己探求の末に、多神ではなく唯一神が絶対の神であると悟った。つまりアブラハムが神を選んだわけです。そしてそれを本心だと受け止めた神は、アブラハムを選び、彼と契約を結ぶ。その契約によって、アブラハムを長としその子孫は他の民の光となり、世界を正しい道へ導く者としての責任を負う民となることがアブラハムとその子孫の選択となった。ユダヤの民は他のどの民よりも社会の秩序や道徳を保ち、それによって神の存在を正しく伝えていく責任を担いでゆくことを選択した、それが本当の選民思想。

そのことを忘れないために、ユダヤの新年には魚のアタマを食べますが、アタマ、つまりリーダーになるのなら何でもよいということではなく、例えば、キツネの頭とライオンの尾ではどちらがよいのか。キツネは歩く時は頭を下げて歩き、ずるがしこくせこくて卑怯なイメージがあります。そんな部類の頭になるよりも、強いライオンの方が当然よい。しかし、ライオンのリーダーになるには並大抵のことではなく、だからといって妥協して下を向いたキツネの頭になるよりは、ライオンの尾になったほうがよい。誇りを持った正しい者の尾には価値がある。ライオンは尾をピンと立てて勇ましく歩いてゆくものだから。

選民とライオンのしっぽと魚のアタマ、そんなことを考えた夜でした。
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by ck-photo | 2004-09-19 16:59 | ユダヤ雑学
ああ、愛しのごちゃ混ぜエルサレム
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今日は、エルサレムの旧市街ではなくて、わたしの住んでいる町のご紹介。

エルサレムの台所マハネ・イェフダの市場の近く、エルサレムの中心にありとても歴史あるナハラオットという町。ずっと昔は他の中東近辺からのユダヤ移民であふれ、スファラディム(スペイン系ユダヤ人)やミズラヒム(アフリカや中東系ユダヤ人)と呼ばれる人たちが住んでいた。ごちゃごちゃと小さな靴箱のような家がひしめき合い、つい最近までエルサレム切ってのスラム街。それがここ数年で、アメリカのLA周辺からのニュー・エイジでヒッピー&スピリチャルなアメリカンユダヤの若者(移民だったり留学生だったり)がどっと流れ込んできた。そのおかげで家賃は恐ろしいほどにアメリカンプライスに値上がり、しかし町も美化され、スラム街だったのが今では、

「Yo! Yo!」 ヒップな英語。
「Ah,bon!」 おっされ~なフランス語。
そして
「Ma?ma?ma?ma?」 不思議な言葉、ヘブライ語。

e0009669_7265024.jpgこんなふうに住民たちはごちゃ混ぜで、安息日を守るとても伝統的な人もいれば、その反対にMTVに夢中の金髪に染めたの若者の姿も見られる。そして腰の曲がったアラブっぽい老婆の窓からはモロッコ音楽がガンガン流れ、向こうの窓からはミヅラヒど演歌が響いて来る。そんな町に紛れ込んだ私、ニッポンジン。

e0009669_7273216.jpgこんなごちゃ混ぜ文化の町。この家は典型的なこの町の一軒。このあたりでは、こんなエルサレムの花崗岩、エルサレム・ストーンを使用した石造りの家が多く、夏はヒンヤリ涼しくて、そして冬もそのまま冷たいまんま。短い冬とはいえ、実はこの石造りの家はとっても寒いのです。

そこにハシディック(東方ヨーロッパ系の正統派ユダヤ教の一派)の青年が加わると、あらら、こーんな絵に。

明日はユダヤの新年がやってきます。

「Shalom! Shalom!」
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by ck-photo | 2004-09-14 07:24 | 混沌の文化
エルサレムで迷い猫・・・
e0009669_16523518.jpg先日ご紹介したうちのにゃんこ先生なのですが、彼、あれから一週間して外に出したのですが、その後まったく帰ってこないと思ったら、なんと、引っ越し前の向こうの家に帰ってたんです。

向こう家の今の住人さんからうちに電話がありまして、にゃんこ先生が家へ入れてくれって言うんだけど、と。なので、彼女には、センセがウロウロしてたら引き取りに行くから電話してくれるように頼んだのですが・・・。

どうも、今のうちの近所がいやな様で、かといってあっちにほっとくわけにも行かず。でも、そんなにイヤがってるのをもう一度無理やりつれて来ても(これまでに2回とっ捕まえたのですが)、彼はまた向こうに行っちゃうだろうし・・・。もともと自由気ままに出たり入ったりしてたので、いまさらまったくの家猫にはなれないだろうしね。猫って家に付くというけれど、ほんとなんですね~。

なーんてノンキなこと言っている場合じゃないのですよ。
猫ちゃんのブログをいっぱいあっちこっちで見かけるのですが、
どうなのでしょう、こんな場合って?
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by ck-photo | 2004-09-06 16:44 | エルサレム・エルサレム