流浪
自分の中に流浪の血が流れているのかもしれない。

これまでの引っ越し人生を振り返ってみた。

小学校に入学する時に京都から金沢の父の実家に引っ越した。
それからの小中高、12年は金沢だった。
京都では近所の友達などと裏山や仁和寺周辺を駆け回る日々だったのだが、
金沢では子供たちは家で遊ぶという、雪国独特の内向的な文化にびっくりして、
けっこう暗い子供時代となった。
今から思えばあの京都の時代がわたしの一家にとっても
いちばん楽しかった時のように思う。

高校を卒業し、大学への入学を機に京都に戻った。
そのときはもう以前住んでいた仁和寺のそばでも嵯峨でもなく、
半単身赴任だった父の京都での仕事場を兼ねた住まいが別のところにあった。
その京都タワーが近くに見える父の住まいには、
父とふたりで、
そして途中から兄が加わり7年ほど住んだ。
母はひとりで金沢の実家を守っていた。
その間もわたしはといえば
NYやテル・アヴィヴに住んだり、
あちこちを旅したりしていたので、
その家に腰を落ち着けて住んだという記憶もあまりない。
どちらかというと、拠点ではあっても
そこが家族の集う家という感覚ではなかったかもしれない。
出たり入ったりの大学を卒業すると同時にその父の家を出て、
京大と哲学の道の近くの左京区の一郭に移った。
が、そこはほんの一年だけで、
その次は聖護院に移ったのち今度はドイツに一年、
ハンブルグとベルリンに住んだ。
その間、近郊の欧州の国々を旅し、
その後にテルアヴィヴを経由してエルサレムに二、三年。
そして第二次(笑)NY。
NYはマンハッタンのアッパーウェストにしばらくいて、
そのあとにブルックリンに移った。
そしてまたまた戻ってエルサレムで毎年引っ越し。
今のアパートは26歳からはじめて一年以上住んだ家となったが、
ここが終の住処ではなかったらしい。

うーん、なんやねん、この引っ越しの数(笑)。
イイカゲン、そろそろ引っ越し人生がおっくうになりつつあり、
どこか一か所で腰を落ち着けたいのだが、
これまでの遍歴をみてみると
どうもそうはいかないのかもしれない。

終の住処は日本だと思ってはいるものの、
いったいわたしはどこまで流れて行くのだろう。
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by ck-photo | 2008-01-15 22:58 | エルサレム・エルサレム


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