カウントダウン 31/31
この街を出ようと思ったのは今回が初めてじゃなかった。
2002年だったかにも数ヶ月、この街を出て、
北の小さなマアヤン(泉)のそばに住んだ。

あの時はいろんなプレッシャーに押しつぶされそうで、
エルサレムのなにもかもが真っ暗な闇のようで、
それでそのマアヤンのそばに移った。
だけど、それは失敗だった。
そのマアヤンのある田舎とのつながりが見つからなかったからだ。
小さな村のようなその町にはSoulがなかった。

その泉の町から所用で訪れたエルサレムに、
自分の場所がないというのは非常に気持ちが悪かった。
この街で居場所のないstrangerになったことが耐えがたかった。
そうしてまたエルサレムに戻り、今まで過ごしてきたのだが、
幸か不幸か、
エルサレムでしなければならないことはひとまず終えてしまった。
探そうと思えばまだいろいろとあるとは思うが、
どれもどうしてもしなければならないことでもない。
そのおかげでここ数年、とくにこの二年ほどは
惰性のエルサレムとなってしまい、
このままそういう生活を続けるのも意味がない。
コンピュータ関係のフルタイムの仕事を断ったのも、
そういう生活になっては人生の目的が大きく迷ってしまうからだった。

そういうことで
またまた人生の方向転換、
いや、方向改め、をすることにした。

出エジプト記の一解釈で、
人がExileにあることは、
その人の持つ知識をも封印してしまうことにあるという。
わたしはこの数年のエルサレムは
ある意味 Exile的な時間だったと思っている。
いい換えれば、それだけじっくりと熟考する時間でもあり、
おかげで今の地点にたどり着けたわけだ。

春の出エジプトの時期にはまだ早いけど、
わたしにはそろそろ出発の、そんな時期なのだ。
 
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by ck-photo | 2008-01-15 03:31 | エルサレム・エルサレム


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