わたしをゆるしたまへ。ヨム・キプールです。チキン・スープです。
さーてと、さてと。
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ユダヤのお正月を迎えてから、すでに早10日目を迎えるエルサレム。日が沈んだ後と明け方はすっかり寒くなりつつあります。ああ、やっぱり夏は終わりつつあるんだなあ。

ユダヤのお正月からの10日間。おそらくユダヤの人にとっては一番大切な日かも。ヨム・キプールなのですよ、ヨム・キプール。「贖いの日」ですにゃ。いやぁね、長い説明がもうめんどくさいのよ、この頃。なので、小難しい話は飛ばしまして簡単にね。

ユダヤの一日がはじまる日没後、今日の夕日が沈んでから、明日の夕日が沈むまでの24時間、

水の一滴もだめ~。
仕事もだめ~。
テレビも料理もだめ~。
車の運転もだめ~。
性行為もだめ~。
カミサマと向かいあう日でございます~。

なので、ほとんどのアクティビティーは禁止、当然のことながら、バスも電車もタクシーも止まりますし、店も空港も何もかも閉まり、とにかく国中がストップ。


15年ほど昔、まだワタクシが、カヨワキ若きお嬢ちゃんだったころ。初めて体験したヨムキプールの日。いやいや、当時はヨム・キプールが何たるかをよく知らなかった。その日の夕方4時ごろに、ホロンという街からテルアヴィヴに友達のところへ遊びに行ったのですが、ちょうど最終のバスに素通りされて、「まあいいや~、タクシーでも拾おっと!」 なーんて、のんきに大通りを行けど行けど、それに反比例して車がどんどん少なくなっていく。うーん、困ったなあ、・・・あら、いやー、どうしよう?!・・・車なんてもうどこにも走ってない!

歩いてテルアヴィヴまで行くには、二時間ほどかかりそう・・・んんん?おっ、背後から車の走ってくる気配が!さっと振り向いて手を振る。

「おじさーん!!!おじさーん!!しゃろ~む!」
「こんな時間にまだウロウロしているなんて、君、ささっ、乗りなさい、乗りなさい!ほら、急いで!もうこの後になったら車なんで来ないよ!」

ありがたいことに、そのやさしい見知らぬ中年のおじ様のおかげで、ほっ。ところがどっこい、テルアヴィヴの入り口に差し掛かったあたりで、おじ様。

「じゃ、僕はこっち、君の行き先とはちゃいまっさかいに」

と、さいなら~。ああ、しょうがないなあ、ここからはひたすら歩くか・・・。30分ほど歩いているうちに日が暮れて、もう通りには誰もいないし車も走っては来ない。

なんとか歩きついた、すっかり暗くなったテルアヴィヴの目抜き通りでは、ワ~!っと子供たちが遊んでいる。まさに歩行者天国。でも音楽も何にもないから、お祭りという感じでもないし、なんだかまるで大人のいなくなった後の世界のような。

そうこうして、どうにかたどり着いた友人宅。

「・・・おなかすいた~」
「ん?だめだめ!もうヨム・キプールがはじまったから、食べ物のにおいなんてさせてみろ!隣近所のうるさいおばちゃんらに、なんて言われるかわかったもんじゃないよ!」

その友人はまったくの世俗の人でしたが、ヨム・キプールだけは守るのだと。

「んじゃ、テレビ見てもいい?」
「あ~、だめ!どっちにしても何にも放送してないよ」

あら~、そうなのね?とその夜はすることもなく、ひもじさにおなかクークー。その次の日のことは全く覚えてないので、ひょっとしたらどうにかして、こっそりと何か食べたのかもしれません。


そして数年前のヨム・キプールが近づいたある日、エルサレムの自宅からいつものようにウクライナ出身のユダヤの友人S嬢に電話をしました。ところが、なんだか彼女の様子がおかしい・・・。



C「どうしたの?」

S嬢「・・・・あんたさ、あたしに何か言うことないの?!」

C「はっ?」

S嬢「・・・・そう。じゃ、あんたとは何も話すことはないから!」



がちゃっ。切られましたよ、電話を。
はいーっ????
なんだったんだ???とわけもわからずに、ヨム・キプールも過ぎてからS嬢から電話が・・・。



S嬢「あんたね、一体何年イスラエルに住んでんの?」

C「うーんっと、X年ほどっ」

S嬢「で、あんた、宗教になんて興味ないユダヤ人の私より
ユダヤ教について詳しいわよね。
それなのに、ヨム・キプールの前に私に言うことがなかったの?!」

C「はいー???何言ってんのかさっぱりわからないんですけどー?」

S嬢「えっ???」

C「はっ?」

S嬢「あんた、もしかして・・・知らないの?」

C「な、な、なにを???」

S嬢「ヨム・キプールの前にはねぇ、
親しい人に去年の至らなかったことについて話し合って、
ごめんなさいって言うもんなのよ!!」



・・・・知りませんでした、まったく。
だったらこの前の電話の時に、そう言ってくれればいいものを・・・、ね。

彼女やテルアヴィヴの友人のように、宗教を日常的に気にかけていない人たちの多くも、ヨム・キプールは特別な日のようです。ヨム・キプールには、一日中シナゴーグでの長い長い祈りに出席し、去年の全ての行いを思い返し改めます。

ユダヤのお正月からヨム・キプールまでの10日間、こうして自分の行いを振り返り、心から反省する機会があるのはとてもよいことだなぁと。だって、すぐに人は思い上がってしまったり、他人への心使いを忘れてしまったり、いい加減にしてしまったり、自分に嘘をついたりと。日々の生活では気づかないけれど、ふと立ち止まってみると、自分のいろんなことって見えてくる。だから一年に一度であっても、自らを見つめ、どこが間違っていたのか反省する。そんな謙虚さを取り戻すのは、とても大切なことじゃないかなあ。でしょ?

ということで、このブログがはじまって以来、アンポンタンな私が気づかず「むか~っ!」と思われたことも、多々あったはずです。今年はそのようなことが、去年よりも少なくなるように心がけますので(反省してんのかな~?ほんとに)、よろしくお願いいたします。って、来年も同じことを言ってたりして。いやいや、そんなことはありませんよ~。いや、・・・ないはず。

ヨム・キプールはユダヤの行事の中でも、唯一、ママンが晩餐などの準備に悩まされることのない日。がしか~し、ヨム・キプールの前にはちきんす~ぷがお鍋にコトコトと。断食の後はスープから、でございます。それは一年前に書いたこちら「ママのチキンスープとハティマ・トヴァ」(レシピつき!)をどうぞ~。

ちなみに、エルサレムのひげもじゃんな街、メアシェアリムなどでは、ニワトリさんに己の罪を着せて、首チョッパ。そのへん「チ」だらけ。成仏してくれよ~。



メモ:ヨム・キプール(東京イスラエル大使館のウェブより)

(贖罪の日)はロシュ・ハシャーナから8日後で、各人が罪を清めるための贖罪の日、聖なる審判の日、かつ「自戒」の日(レビ記23:27)である。聖書で命じられている唯一の断食日で、自分の行動の誤りを数え上げ、犯した罪をしっかりと見据える。この日、ユダヤ人は、人が神に行った罪の赦しを乞い、また知人に対して行った罪ある行動を正そうとする。ヨム・キプールには、長い祈りが続く礼拝に出ること、25時間余の断食を実行することが主な戒律であるが、宗教心の薄い人たちもこの戒律だけは守る人が多い。ヨム・キプールの厳かさは、ローシュ・ハシャナを初めその他の祭日とは格段の差である。この日の25時間、国全体の機能が完全に停止してしまう。娯楽施設は閉鎖され、テレビもラジオも放送を中止しニュースさえ流さない、公共交通機関はストップし、道路も完全に封鎖される。1993年のこの日、エジプトとシリアがイスラエルに奇襲をかけてきた。この戦争の記憶がヨム・キプールを一層重みある日にしている。
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by ck-photo | 2005-10-12 06:14 | ユダヤの暦


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