エルサレムのフィリピン人
2005年1月に書いたのですが、ちょっと手直しをしたので、現在の日付で新しく更新します。

エルサレムの街には本当に様々な国からやって来た人たちで溢れている。のですが、ここ数年、見る間に増え出したのは我がアジアの隣人、中国とフィリピンの人々。

インティファーダの後、イスラエルのユダヤ社会ではアラブ系の労働者(土方や壁のペンキ塗り、農場の下働きなどなど)の雇用を止め、一時はルーマニア系などがそれに取って代わった。しかし今では圧倒的に中国系の男衆が主流のように見える。彼らの中には労働許可書を保持している人もいるのでしょうが、そうでない男衆の中には、ベドウィン(遊牧民)にいくらかの謝礼を渡し、エジプトから夜中にらくだの背に揺られて砂漠を越えてくるというクラシックな方法。そんな不法入国者を捕まえたと思ったら何とその男性は中国大使館の方だった・・・なんて、いやはや、どんな間違いやねん?な話も以前新聞で目にした。

さて、フィリピンの男衆&女衆はどうか。テルアヴィヴなどにある斡旋業者に30万円ほどの手数料を払ってイスラエルへ来るその多くは、老人介護の仕事に携わっている。母国フィリピンの給料では家族を支えるられないというのがその理由の多くだと、知人である20代のフィリピン女性。彼女は夫と両親、兄弟たちを養うために3年契約したが、手数料の30万は一度には払える金額ではない。イスラエルでの彼らの一ヶ月の給料は約10万円ほどで、はじめの年の毎月の給料はその30万の借金返済と家族への仕送りに追われ、借金を返し終えたあとは家族への仕送りがメインとなる。なるほど、おかげで日曜の郵便局は、母国への仕送りにやって来た彼らでかなりの混雑。

まだ20代の彼らだが、母国フィリピンでは教師だったり大学で学位を得ている人も多い。しかしここでは生活費を切り上げるために住み込みまたは他のフィリピン人と共同でアパートで暮らしながら、お年寄りの身の回りの世話やメイドとして少々裕福な成金アメリカ移民の家庭に雇われる。もちろんケースバイケースなのだろうが、わがままな雇用主が多いようで、いろいろと大変そうだ。そしてエルサレムの若者はといえば、そんな「発展途上国のアジア人」の彼らをわけのわからない言葉ではやし立てる(イスラエルもアジアなんだけど・・・)。しかし、エルサレムの街で見かけるそんなフィリピンの人々の笑顔はとても温かで美しい。

このような老人介護やメイドと呼ばれる職業は、低賃金で雇えるフィリピンまたは東南アジア人の仕事というのが、エルサレム社会の風潮のような気がする(イスラエル全体でかはわからないが)。福祉というのは物質中心的生活でそこそこの余裕がない、つまり心に余裕がないと就こうと思わない職種なのかもしれない。しかし、エルサレムの宗教社会では、子だくさんや低収入なこともありゲマハと呼ばれる寄付システムや多くのボランティア活動がある。この辺りの比較をもう少ししてみるとおもしろいかもしれない。ま、それはまた次の機会かな。

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(King David Hotel, Jerusalem 2007)
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by ck-photo | 2007-09-07 17:32 | 混沌の文化


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