行き先
ほんの一時のことだった。絵を描いていた時期があった。母が絵を描いていることもあり、おそらく自分は絵を描くことはないだろうと思っていたが、母の影のないエルサレムでは自然と絵が描きたくなった。アクリル、油、様々な道具と大きなキャンバスを近所の画材屋で仕入れ、自室のタイルの床にぺたりと座り込んだ。音楽に任せて絵を描き始めるといつの間にか夜が明け小鳥がさえずり始めていた日もあったほど、絵を描くということがとても楽しかった。それからしばらくして、その頃、友人でもあり尊敬していたラビが言った。

「キミは今使っていない部分の脳をもっと使うべきだ」

生活のための仕事をするとか、テキスト片手にコツコツ勉強するとか、ラビのその言葉はそういうことを指していた。自分の方向とは合わないとも思ったが、そう言うことをしてみても悪くないかもしれないと、テキストブックを鞄に学校へ行き、キャリア=生活のための「仕事」というものをし始めた。

しかしその途端、ピタリと止まった時計の針のように、まったく絵を描く手が止まった。新しく使い始めた脳の部分で絵を描くなんてことは不可能だった。そしてなんだかバランスが崩れ始めた。

同じようなことが自分の中でこの一年で再び起こっている。「生活のための仕事」に以前よりも時間を費やしたこの一年で、心の居場所が変わり、おかげですっかり方向を失い、空回りしてしまっている。それがわかっているがために、フラストレーションだけがどんどんと大きく雪だるまのように成長してゆく。自分の居場所、表現の目的と標的とその場が見つからない。

そういうことを葉っぱの坑夫の大黒さんとメールしていて、彼女からの返事メールで、ちょっと救われたような気がした。

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P.S. 結局あの時描いた5枚ほどの絵は、日が経つにつれエルサレムの狭い家の中で難民化して行った。数年前に日本に帰国した時に留守を預けたおいた友人が、エルサレムに戻ったわたしに言った。

「ごめん・・・。なんて謝っていいのかわからない・・・。君が日本にいる間にうっかり小火を出して、絵はすべて燃えてしまった・・・」

わたしは心から「ありがとう!」と言った。捨てるに捨てられず、壁にかける趣味もなく、かといって置き場にも困り、キャンバスに残ったそれぞれの想いをほんとうにどうしていいのかわからなかったのだから。
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by ck-photo | 2007-08-03 20:43 | 何気ない日々


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