真夜中の立ち話
e0009669_22331444.jpg

(東エルサレムにて)

クリスチャン&ムスリムなアラブ人の多い東エルサレムと旧市街。在エルサレム Yes No に関わらず、ユダヤ系イスラエリーに聞けば「おっかね〜!(お金じゃないよ。笑)とてもじゃないけど行けんぞ」という。ええ〜?そうかなあ〜。全然平気やけど。「それは君がユダヤ人らしい風貌じゃないからや」と、一瞬もっともらしい気もするが、観光客だってアタマのおかしいアラブ人に刺殺されることもあるのだから、あまり関係ないような気もする。運でしかない。同じイスラエル内でも、イスラエル人にとってですら、東エルサレムはもちろんやはり旧市街は特殊な街であり、そこの現実が掴めないらしい。

昨夜、ティシャベ・アヴの祈りに訪れるユダヤ人たちを撮影しに、アラブ人の門であるダマスカス門から旧市街へとアラブ市場を抜け、嘆きの壁の前に出た。アラブ地区の所々に、万が一のユダヤ人とアラブ人の衝突騒動のためにユダヤの警察官たちの姿あり。以前ならばこれだけ警察官が待機しているときは、恐れをなしたアラブ人たちの姿を路上で見ることはなかったが、ここ数年では彼らもおかまいなしにあちこちでたむろしている。中には情けないことにおちょくられているユダヤの警察官もいる。

ユダヤ人にとって聖なる神殿の崩壊を悲しむ日であるはずのティシャベ・アヴ、これもまた変わりつつある。以前は真剣に神殿の西の壁(嘆きの壁)の前で悲しみ、祈りを捧げている人たちが圧倒的だったが、ここ3年ほどで西の壁はアメリカ系ユダヤ人や、入植地に住む若いユダヤ人たちのイベント会場のようになってしまった。この晩にはエルサレム郊外の各入植地から西の壁行きのチャーターバスが出ることもあり、イモ洗い状態の西の壁の前で友達と連れ立って楽しそうにはしゃいでいる、または携帯電話中や記念撮影中のティーンエイジャーも多い。その波の合間にぽつん、ぽつん、と悲しげに床に座っている人たちの姿を垣間見る。

何千年も昔に起きた神殿の崩壊を、これだけの時を超えて実感し悲しむことはほとんど不可能に近いような気もするが、それでもこうしてその日を忘れまいとする精神はすごい。が、おそらく、もうティシャベ・アヴを求めてかつての神殿の名残に出かけることはないと思った。
[PR]
by ck-photo | 2007-07-24 22:04 | エルサレム・エルサレム


<< 5767年、アヴの月の9日  ... モロモロな日々 >>