H君の場合
昨日の話に登場したH君ですが、今日は彼のお話をしましょう。

このH君。歳は二十歳過ぎ、アラブの若者らしくコーヒー色の肌ですらっと高く伸びた背、どちらかというとお忍びのマハラジャの王子様のような凛とした雰囲気の好青年。クマオさんのレストランで一生懸命に働いていたこのパレスチナ人H君。働きっぷりはニッポンのお寿司やさんの見習いさんのように、無口、まじめ、気がよくつく、とエルサレムのグウタラアラブ人よ、見習え!と言いたいくらいに、店内はいつもピカピカ。

このH君の出身はパレスチナ自治区のラマッラに近い小さな町。当然、子沢山一家、兄弟も多く、家計を助けなければならないが、自治区の町ではH君が簡単に仕事を見つけられるような状況ではない。そこでなんとか伝を頼ってやって来たエルサレムで、いつしかクマオさんのレストランで働くようになったのだった。

が、このH君、エルサレムへは「潜り」である。そう、彼はイスラエル側での労働許可証を持っていないのだ。この労働許可証を持っていないということは、当然自治区とイスラエルの間にあるチェックポイントは通してはもらえない。そこでH君はチェックポイントを避けて砂漠の裏道を通り抜けては、クマオさんの店へ駆け込んで来ていた。エルサレムにいる間はうっかり見つかれば逮捕される、というおっかなびっくりの毎日で、数ヶ月に一度ほど、自治区内の実家へ顔を出しに、来た時と同じように裏道をそっと抜けて行く。

そして店主のクマオさんは、実はイスラエル版単身赴任。彼は週末になると店を閉めてうれしそうに、彼の愛するモロッコ妻と息子さんの待っている北部の町へと帰って行く、という生活をはじめて早数年(そういえば週末にはヴォッカでべろんべろんにヨパライ熊になってることが最近多いなぁ・・・)。そこでとっても懐の大きい店主のクマオさんは、彼のダブルベッドが置いてある店の奥の倉庫をH君の隠れ家にして、週末以外は二人で寝起きも仕事も生活の全てを共にしていたのだった。

昼間の暇な時間に遊びに行くと、彼ら二人で仲良くお昼ねをしていたり(はじめて見た時にゃ、ちょっとびっくりしたよ・・・)、こちらもH君とも徐々に打ち解けて、自治区内での話しをよく聞かせてもらったりと、一度彼の実家のレストランにも来てねとも言われていた。そんなある日、頼まれていたメニュー用の写真を持ってクマオさんの店に久しぶりに顔を出すと、めずらしくH君の姿が見えない。

「あら?H君は実家にでも帰ったの?」

そうノンキに聞いてみると、クマオさん、とっても困ったように頬に手をついてこう言った。

「おー、H君ね。昨日捕まっちゃったよぉ。ついにね。僕も残念ながらこれ以上はかくまえないよ・・・。だって今度見つかったらさ、僕が罰金払わされるしね。とほほっ。」

さらに詳しく話を聞けば、どうも隣のピザ屋のハゲアタマおやじが、彼の店の売り上げが今ひとつ伸びないのは隣のクマオさんの店のせいだと、日頃からのネチネチ意地悪の延長で垂れ込んだらしい、と言うのだった。そこでH君はお縄ちょうだいとなって、あっけなく自治区へ送り返されてしまったのだった。

それから一度だけH君はまたもや裏道を抜けてクマオさんの店へやって来たが、「やっぱりしばらくは無理だね」ということで、クマオさんからほんのわずかだけども当座をしのげるようにと渡されたお金をポケットにしまって、また姿を消してしまった。あれから半年たって、クマオさんから久々に聞いたH君の身の上話が昨日の「この2000ドル分の食材どうするよ?」だったのですわ。

これは私個人が知っているパレスチナ自治区の人の話なので、この話が全てのパレスチナ人や自治区、そしてイスラエルの状況に当てはまるわけではないとお断りしておきます。でも、H君の話をひとつ取ってみても、自治区住民に労働許可証を与えないイスラエルが一方的に非難されるべき対象なのか、それともあれほどの資金がありながらも、何十年と一向に庶民の生活レベルが改善されていない自治区のあり方に問題はないのか、そろそろそのあたりに焦点を当てるべきではないでしょうか。
[PR]
by ck-photo | 2004-11-14 08:40 | エルサレム・エルサレム


<< マカビアンなビールとスポーツ... 終わりとはじまり >>