終わりとはじまり
旧市街に近いところで友人がシャワルマとファラフェルの店をしているので、昨晩久しぶりに行ってきました。

彼は子供の頃にロシアのウクライナからやって来た青い瞳の移民で、その彼がコテコテの中東のカバブやファラフェル(ひよこ豆団子)などの店を経営しているのって、なんだかイスラエルならではのごちゃ混ぜというか。そして彼の愛する看護婦さんの奥さんはモロッコのマラケッシュの出身。バリバリのモロッコオンナとロシア男。移民先の町で出会って恋をして。彼らの10歳になる末の息子さんはモロッコ的でとてもエキゾチックで、しかも青い青いロシアの瞳で将来はイケメン確定。

さて、このロシアのハンサムな中年男、クマオ君。インティファーダがはじまるすぐ前にこの店を構えたのですが、それまでは店の前を通って旧市街へ行く観光客や隣の市役所の公務員などで、朝の8時ごろから深夜過ぎまでいつも賑わっていた。

そしてインティファーダが勃発して、がく~んっと一挙にゴーストタウンとなったエルサレムでの生き残り合戦がはじまって。そしてそれに加えて度々起こるストライキ。市役所員も当然仕事に来ない日が数週間もそれも幾度となく続いて、それでもあれやこれやと手を変え品を変え何とか今まで繋いできたらしい。

ある時は店のキッチンの鉄板が消え、その代わりに仕入れたトルココーヒーのセルフサービスで客を呼び寄せ、そのコーヒーがなくなると今度は二台あった店のテレビが奥の一台だけとなって、でもその冬の間はスープがメニューに加わった。あの頃店に行くと、クマオ君はよく店の入っているビルの屋上に上がっていた。ケーブルテレビをよそのアンテナから勝手に引っ張ってきては、時々映らなくなったりして、それを屋上でまたつなげ直していた。そんなこんなで今日まで何とかやって来た。

昨夜は木曜の晩とあって、日本でいえば土曜日の晩のように、クマオ君のレストランの店内は常連客でにぎやかだった。ここの常連さんはまったくもって一癖も二癖もある。でもまたそれは別の機会にでもお披露目しましょう。そしてその賑わう店内から、いつもはがらんとした表の通りを眺めていると、どうも今夜は何か違うようで、なんだかやたらに人が歩いている。

あらっ?とよく見ると皆さんアラブの方ではないですか。どこへ行くんだろう? ん?みんなお買い物へ行ってきた袋を下げてますね。そこで、クマオ君の店で働くイスラエルリー・アラブの青年が教えてくれたのは、パレスチナ暫定政府は「我らがアラファッちゃんの喪に服して今日からの40日間はすべてのパレスチナ人は店を閉めること!」と法令を出したのだそうだ。

おかげで東エルサレムのイスラエリー・アラブのみなさんも右へ習え出店を占め、住人たちは夜な夜なエルサレムの新市街の商店へと買出しへ。そう言えば、旧市街でも今日はキリスト地区とムスリム地区の店も閉まっていたし、店主たちはそ~っとシャッターの隙間から、ちょっとおっかなびっくりに閉めよかな開けよかな。でも、ここはイスラエルの町で、自治区内じゃないんだけどね。

そして一ヶ月続いたラマダンの終わりは近い。日曜日にはラマダンは明けてしまう。クマオ君の店で以前働いていた自治区のH青年の実家のレストランでは、ラマダン明けの大入りを見越して、大切な貯金の2000ドルをはたいて大量の食材を仕入れたばかりなのだそう。でもこれからの40日間、まったく店を開けることはできなのだろうか。店を開けたら放火するぞとあちこちが脅されているとも聞いた。2000ドルは彼ら一家の半年間ほどを生きていく金額だったのに。

今が終わりではじまりのはじまり。ここからのイスラエルとパレスチナの行く末は如何にか。
[PR]
by ck-photo | 2004-11-12 08:38 | 混沌の文化


<< H君の場合 Nature Kartaの祈り... >>