杉原千畝氏と「ふぐ計画」とニッポンと。
10月になると思い出すこと。
「The Fugu Plan(ふぐ計画)」
 という一冊の英語の本が手元にあります。第二次世界大戦のユダヤ人とニッポンのお話し。ユダヤ人とニッポン、何の所縁もなさそうでいて、実はある時期に1万5千人ほどのユダヤの人たちが日本にやって来たことがありました。

第二次世界大戦の最中の1940年のこと。ヨーロッパ中でどんどん迫り来るナチの手から逃げるために、ポーランドから多くのユダヤの人たちがバルト海沿岸の小国リトアニアへと命からがら逃れてゆきました。でもそこから先はまったくの八方塞で、どの国の大使館も彼らへ訴えに手を差し伸べませんでした。 しかし、当時のリトアニア日本領事館代理の杉原千畝(ちうね)氏(のちにアメリカで彼の話は映画にもなっていて、イスラエルで名誉賞を与えられた唯一の日本人)は、ドイツとの仲を気にかけてヴィザ発効を認めないとする日本外務省の命令にそむいてまでも、

「人としてするべきこと」

と、ユダヤの人たちに日本通過ヴィザを日夜必死で発行し続けたといわれています。毎日領事館の門の前で何時間も立ちじっと領事の発行するヴィザを待ち続けた数多くのユダヤの人々の命を救いました。

一刻を争う状況の中で、彼らは杉原領事の発行したヴィザを握り締めて、絶望と希望の間でシベリヤを横断し、敦賀港へ到着のち、そこからユダヤ教に改宗していたアブラハム小辻教授(下の写真の左から二人目)やその他の方々の助けによって、神戸または横浜へと長い旅を続けました。
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ある記録では1940年10月6日から翌年1941年6月までの10ヶ月間で1万5千人のユダヤの人々が日本に渡ったと記されています。彼らは日本に数ヶ月滞在したのち上海に渡り、そこから安住の地を求めてアメリカや当時パレスチナと呼ばれていた土地へと渡って行きました。

神戸では写真家の安井仲治氏や漫画家・手塚治虫氏の父・手塚粲氏が、貴重にも当時の神戸に滞在するユダヤの人々の様子を何枚かの写真に収めています。まだ幼かった手塚治虫氏にはどうやら父親の粲氏とユダヤの人々の交流が心に残ったのでしょう。のちの彼の漫画にはユダヤの人がぴょこんと出てきたり、晩年に描かれた大作「アドルフに告ぐ」も当時の神戸に住むドイツ人とユダヤ人の二人のアドルフともう一人のアドルフ、ヒトラーを取り巻く物語でした。

安井仲治氏によって撮られた神戸での一枚には帽子をかぶった頬のこけた男性が窓の外を不安げに眺めています。当時の神戸や横浜のニッポンの住人は、この見慣れぬ異邦人の彼らの滞在をどう受け止めていたのでしょうか。そして遠いヨーロッパから来た彼らの流浪の心境はいかなるものだったのでしょうか。家族と祖国とを失い、今まで耳にしたこともないような言葉と、何もかもが慣れないアジアの異国の街で、その先どうなるかもわからぬ不安な滞在の日々。彼らに当時の神戸の町は、そしてニッポンはどのように写っていたのでしょう。

エルサレムのある友人の家族は、実際にこの経路でアメリカへ渡り、ホロコーストを生き延びて、のちにエルサレムへとへ移住してきました。彼らからその当時のことを伺い、その時に頂いたのがこの「Fugu Plan」という本。

毎年10月になると、このことを思い出します。
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  (神戸のユダヤ人 安井仲治氏撮影。)

追記-「フグ計画」:要点だけ説明すると、河豚という魚は強い毒を持っていて、それをうまく取り除けばとても美味で高価なもの。でも一歩間違えれば人をも殺してしまうパワーもある。日本人は未知の存在のユダヤ人をフグに例えて、政治的にも民族としても慎重に扱う事にした。とまあ、こんなことです。




The Fugu Plan
If someone who is rich and powerful comes to you for a favor, you don’t persecute him – you help him. Having such a person indebted to you is a great insurance policy.

There was one nation that did treat the Jews as if they were powerful and rich. The Japanese never had much exposure to Jews, and knew very little about them. In 1919 Japan fought alongside the anti-Semitic White Russians against the Communists. At that time the White Russians introduced the Japanese to the book, "The Protocols of the Elders of Zion."

The Japanese studied the book and, according to all accounts, naively believed its propaganda. Their reaction was immediate and forceful -- they formulated a plan to encourage Jewish settlement and investment into Manchuria. People with such wealth and power as the Jews possess, the Japanese determined, are exactly the type of people with whom we want to do business!

The Japanese called their plan for Jewish settlement "The Fugu Plan." The "fugu" is a highly poisonous blowfish. After the toxin-containing organs are painstakingly removed, it is used as a food in Japan, and is considered an exquisite delicacy. If it is not prepared carefully, however, its poison can kill a person.

The Japanese saw the Jews as a nation with highly valuable potential, but, as with the fugu, in order to take advantage of that potential, they had to be extremely careful. Otherwise, the Japanese thought, the plan would backfire and the Jews would annihilate Japan with their awesome power.

The Japanese were allies of the Nazis, yet they allowed thousands of European refugees – including the entire Mirrer Yeshivah – to enter Shanghai and Kobe during World War II. They welcomed these Jews into their country, not because they bore any great love for the Jews, but because they believed that Jews had access to enormous resources and amazingly influential power which could greatly benefit Japan. This is all detailed in the book, "The Fugu Plan" by Marvin Tokayer.

If anti-Semites truly believe that Jews rule the world, why don’t they all relate to Jews like the Japanese did?
The fact that Jews are generally treated as outcasts proves that people do not really believe that Jews are anywhere near as wealthy or powerful as they claim. It proves that anti-Semites do not take their own propaganda seriously.
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by ck-photo | 2004-10-17 21:13 | 戦争と平和


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