マサダの砦とユダヤの誇り
エルサレムから南へ下がる。車窓の樹々は所々うっすらと草の生えた沙漠の丘となり、海抜マイナス400メートル。左手には世界最古の町エリコが見えてくる。そこを過ぎると、ぼーっと暑く霞のかかった波もなくただ静かに広がる死海と、赤茶けたゴツゴツした岩肌の山々。

マサダの砦。

1世紀の初め、ローマ軍に奪われたエルサレムから逃げ延びたユダヤの人々が、このヘロデ王が残したマサダの砦に立てこもり、ローマ軍に降伏することを最後まで抵抗した歴史的な沙漠の砦。当時1000人ほどのユダヤの人々が、ローマ軍によって陥落されたエルサレムから逃れ、この沙漠の砦に水を蓄え、町を作り、砦の下から攻めてくるローマ軍との戦いに挑んだ。そして西暦73年。3年という長い月日をこの荒野のマサダで生き延びたユダヤの人々は、遂にその最後の時を迎える。

山の裾野からどんどん押し寄せるローマ軍は、今にもこの高くそびえる沙漠の赤茶けた砦を攻め落とそうとしている。その最後を悟った960人のユダヤの人々は、互いにくじを引きあい、誰がどの順で誰を殺すかを決めた。そう、最後のひとりをも残さずに・・・。彼らはローマ軍に降伏してユダヤの誇りと威厳を捨てて生きるよりも、ユダヤとして死ぬことを選んだ。敵の手にかかる前にマサダの住人960人は、各々の家族で死出への旅立ちへのくじを引いた。一説によると、各家庭の父が皆をあの世へ送り、残った男たちは各々を家族の元へと送ったという。


現在マサダの砦は、イスラエルでもエルサレムに次ぐ人気の観光地。死海近くの山のすそのからは、ロープウェイが砦のある山頂まで通い、ロープウェイから見下ろす足元のはるか下には、当時ユダヤの人々が砦まで登った「蛇の小道」やローマ軍が野営していた跡地があちこちに今も残っています。頂上の広い砦跡にはネゲブの荒野を見渡すヘロデ王の宮殿のテラスや、住人の使用したサウナやシナゴーグの遺跡などがあり、そこからの景色はまさに絶景。見渡す限り生き物の気配のない赤い乾いた砂漠と、それを照りつける太陽。そして、じっとただ横たわる幻のような死海。

イスラエルの若者は18歳になると男子は3年から4年、女子は2年間にわたり徴兵されますが、軍隊のユニットによっては入隊式をこのマサダの砦にて行います。そして、このマサダで敵に降伏することなく、誇り高く死んでいった彼らの先祖の魂を忘れまい、そして二度とその悲劇を繰り返さないように「Masada shall never fall again」と胸に誓います。
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by ck-photo | 2004-09-22 05:15 | ユダヤ雑学


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