マドンナもお好きなカバラのバシェレット
昨日と今日のここ二日間で、またエルサレムのフレンチ・ヒルとガザ地区で自爆テロといざこざがありましたが、これについて書く気力がないので、他に何かスピリチャルな話しでも。

テヘランのサラさんのブログ「イランという国で」関係ですが「ムスリムの結婚観」という記事を読みましたので、それではこちらは「ユダヤの結婚観」と行きましょうか。

ユダヤの結婚については、以前に結婚式の話で書いているので、今回はアシュケナジーと呼ばれる東方ヨーロッパ系の正統派の結婚について。

ユダヤの正統派社会では、昔の日本のように小学校から一貫して男女は席を同じくせず、何をするにも男女が混ざる事はありません。例えば結婚式ではホールの真ん中にメヒツァと呼ばれる大きな男女分離壁。これも以前書いたのですが、新郎新婦を含め、家族でもメヒツァのあちらとこちら、男女に別れ、ダンスなど各々で宴を楽しみます。また安息日などの食事でも、ゲストに呼ばれた親戚や友人たちもテーブルのあちら側は男性、その向かい側に女性とまちがいが起きないように配慮されます。夫婦の場合は共に並んで座ることもありますが、妻の反対隣には他の女性または子供、そして夫の反対側には男性または子供と、その両隣には同じ性の人が、または子供を異なる性別との間に挟んで座ります。

こんな宗教社会では、自然に年頃の若い男女が出会う場などはなく、いまだに自由な恋愛結婚はまずあり得ません。結婚は子供が15歳あたりから親が親戚やコミュニティーの「シャッドゥカニット」と呼ばれるお見合い斡旋者を訪ね、精神レベルや宗教観レベルなどを考慮し、「バシェレット」探しをします。

この語源はイディッシュ語の「運命づけられた」という意味を持つバシェレットとは、ソウル・メイトのこと。アダムとイブが二人で一人だった様に、この世の中にたった一人いるあなたの残りの半分である相手。ここ数年マドンナがハマってしまいビデオクリップに取り入れたり、ハリウッドでプチブームなカバラ(一般的にはユダヤ神秘主義と言われている)の教えのひとつであるバシェレットは、人が生まれる40日前に誰がその人のバシェレットであるかが決められ、人はこの世に生れ落ちてからその人を探す旅がはじまるとされています。

e0009669_522648.jpgしばらく私が住んでいたNYの正統派コミュニティーを舞台に、カバラとバシェレットをテーマにしたおもしろい映画があります。メラニー・グリフィス出演で、刑事である彼女は捜査にやって来た正統派ユダヤの町で、価値観のちがいに戸惑いながらも、そこで生きる人たちの持つ価値観に心を打たれ始めます。そしてラビの跡取り息子でハンサムかつ優秀な正統派の青年に恋をし、二人の間に徐々に禁断の恋心が芽生える。しかしメラニーが自分のバシェレットではないとを知っている青年は、恋の欲求だけに翻弄されず、やがて真のバシェレットとの見合い結婚へと。かなわぬ恋、住む世界がちがうという現実に打ちのめされたメラニーは、元の世俗の世界へと戻って行くのか。さて、それは観てからのお楽しみということで。*この映画に興味がおありの方はこちら「刑事エデン 追跡者」をどうぞ。

話はちょっとずれましたが、そうしてバシェレットを見つけ、いよいよ夫婦としての生活がはじまるわけですが、腫れた惚れたの末の結婚ではないので、とにかくまだ数回しか見たことのない人との共同生活のはじまりと言ったほうが的を得ていますね。なぜそういう結婚の仕方かというと、結婚とは決して綿菓子で包まれた甘い生活ではなく、毎日のひとつひとつの積み重ねであると。結婚はコツコツした「Work」にその成功があると。なので、熱病のような恋心だけでは続かない。もっとその人の本質と向き合って、協力しあい育ってゆくもの。愛はするものではなく育ててゆくもの。恋はするもの、美しい幻想のようなもの。

保守的と言えばそれまでですが、その価値観を維持し、そこに存在するとてつもない信心を貫くという強さ。ユダヤの正統派の世界と結婚観。さて、あなたは本当のバシェレットに巡り会えましたか?
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by ck-photo | 2004-09-24 04:57 | ユダヤ雑学


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