「神よ、女性に生まれなかったことに感謝します」
「Special Days」からのTBです。
なんだかTB続きですが、ちょっと気になったのでTBさせていただきました。
(追記:現在はこのTB先のブログは終了されています。)

ユダヤでは一般的に女性は男性よりもスピリチャルな生き物とされています。男性が同じように女性のスピリチャル・レベルに近づくには、かなり多くのことを成し遂げなければなりません。例えば、男性は決められた時間に決められた祈りを、決められた祈り方でしなければならないとされています。ユダヤの男性は一日に朝、午後、就寝前に祈りを唱えますが、暗記や目で追うだけの祈りはよしとされず、必ず祈りを一句一句音読します。女性は家事や育児で決まった時間に祈りを捧げにくいため、男性のように必ず祈らなければならないわけではありません。

そのユダヤの朝の祈りで男性が言わなければならない祈りに、なんとなんと、「神よ、わたしが女性に生まれなかったことに感謝します」という意味の文章があります。この一句、その意味を知らなければ、またはフェミニストならばなおのこと憤慨するでしょうし、男性は「やっぱり男は偉いんだな」と思いがち(勘違い?)。さらに女性の祈りの句には、「非ユダヤ人に生まれなかったことに感謝します」というとんでもない句があります。これもユダヤ人ではない人や人権団体などが聞いたらさぞ激怒しそうな一言ですが・・・。さて、これらの祈りの本当の意味はどうなのでしょう。

「キツネの頭になるならライオンの尾になれ ー選民思想とはー」でも書いたのですが、ユダヤの民には世界秩序とモラルを正すという大変なタスクと責任がありますが、そこにこの祈りのキーが隠されています。もし自分がユダヤ人でもなく、またはスピリチャルな女性に生まれたとしたら、自分を成熟させる努力や神に近づく努力など、人としてしなければならないことをしなかったであろう。しかし、ユダヤ人として生まれ、それらのタスクを課してくれてたことに感謝する、という意味の祈りなのでした。

うっかりと言葉の表面だけを受け取ってしまうと、とんでもない誤解が生まれるユダヤの祈りでした。
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by ck-photo | 2004-09-19 20:52 | ユダヤ雑学


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