ゲットーってなに?パレスチナはゲットーか?
先日、バール・イラン大学で比較宗教学の博士号を取っている韓国人留学生に車でエルサレムまで送ってもらったときのこと。

e0009669_6363998.jpg高速バスのルートとはちがう国道443を通って、テルアヴィヴ方向からエルサレムへ向かった。この路の近辺では、旧約のヨシュアの話やマカビーの戦いなどのユダヤ史がおもしろい。また途中でパレスチナ自治区のウェストバンク(ヨルダン川西岸地区)を一瞬横切るので、アラブの町や村のモスクの塔や沙漠の丘など、平和なときには「ああ、中東だなあ」と、旅の途中ような風景が続いている。(国道443の写真は他から借用)

ウェストバンクを横切りながら、はじめはそのグラフィックの描かれた壁は高速にありがちな防音壁かと思ったが、どうやらそうではないらしい。壁の後ろには有刺鉄線。在イスラエル8年になるその韓国人留学生が言った。

「こうしてパレスチナ人を有刺鉄線の向こうに閉じ込め、ゲットー*(収容所)にするなんて、ひどい話だよ。ホロコーストでナチがユダヤ人に行ったのと同じことをイスラエルはパレスチナにしているんだ。自分たちがそうされたからって」

パレスチナとイスラエルを分離する壁ができ始めてから、メディアやピース団体のデモなどで使われるアホなコメント代表だ。決して彼はアホではないが。

どんなお偉いさんが言おうとも、このゲットー論はめちゃくちゃである。まず、ゲットーを持ち出すのであれば、第二次大戦時のナチが作ったゲットーが一体何たるものだったかを知っていなければ話にならない。当時のナチによるゲットーは、ユダヤ人、ジプシー、外国人、そしてキリスト教の聖職者、同性愛者、など彼らの目指す社会に不適切だと見なされた人々を排除し「殺す」ために作られたものである。

e0009669_8425392.jpg仮にイスラエル側がパレスチナとの境界に有刺鉄線を置いたとすれば、それはこじれた状況の中でイスラエル側の身の安全(テロリストの侵入防止)、つまり自己防衛であって、ナチの作った「排除した者を隔離し殺すため」のゲットーとはまったく異なる。いわんやその反対の理由である。この443での有刺鉄線と壁の理由は、2001年などインティファーダ当時において、パレスチナのスナイパー(狙撃手=この場合はテロリスト)に一般ユダヤ人の通行車が狙われ死傷者が数多く出たことにある。最近でもちょうど一年前に、イスラエル国籍アラブ人が同じように彼らに狙い撃ちされ死亡している。

こういう状況で、この有刺鉄線の向こう側がパレスチナ人たちを抹殺するための居住区ということになるのだろうか。エルサレム周辺にも壁はあるが、その向こう側がそういった『ゲットー』だとは思わない。

そして、そもそもパレスチナとイスラエル間には他の国同様に国境を引くべきなのだから、そこにあるものが普通の鉄線でも少々物々しいが有刺鉄線でもいいのではないか。

と、仕事で疲れている帰路、わざわざさらに疲れそうな話には首を突っ込みたくなかったので、「ヘー」とか「あ、そう?」とか適当に返事をして、夕暮れのエルサレムに着いた。


*ゲットーについて(葉っぱの坑夫にも載せてありますが、少々書き直ししたものです)

■ゲットーとは

1:ゲットーの語源は13世紀のベニスが発祥のイタリア語で、石切り場の大きな穴という意味。のちにローマ教会がキリスト教徒とユダヤ人を区別するため、ユダヤ人を集めて住まわした地区がゲットーと呼ばれ、中世ヨーロッパにおけるユダヤ人居住地という意味でゲットーが用いられる。都市によっては壁に囲まれたゲットーもあった。

2:第二次世界大戦時においてドイツ軍によって強制的に集められたユダヤ人が、どの収容所に輸送されるかが決まるまでの借りの居住区のことをゲットーと呼んだ。有名なものでは1943年にドイツ軍によって破壊されたポーランドのワルシャワゲットーがある。ワルシャワゲットーは中世にユダヤ人の居住地だったが、その後ユダヤ人はゲットー以外に住むことを許された。そして第二次世界大戦時のドイツ軍によって再びユダヤ人を集めた居住地区となった。

3:日本語でのおもに使われる第二次世界大戦時のドイツ軍によるユダヤ人強制(または絶滅)収容所という意味のゲットー。英語ではおもにConsentration Camp(コンセントレーション キャンプ)という。


■Consentration Campとは

強制収容所と絶滅(または撲滅)収容所の二つに分かれる。

1:強制収容所は囚人を収容し、死に至るまで労働させることを目的とした。ドイツで最初に設置されたのはミュンヘン近郊のダッハウ強制収容所で、ダッハウ強制収容所は終戦近くになりガス室を設けられたが、一度として使われる事なく終戦を迎えた。

強制収容所での収容者はおもに政治犯、犯罪者、キリスト教神父、などヒトラーのイデオロギーとは異なった、社会に影響を与えそうな人達が収容されていた。ここに送られたユダヤ人たちは収容所で必要とされていた職業を持つ者、たとえば医者、針子、鍛冶、など何らかの手に職があった人達だったが、ドイツ軍における最終目的は彼らを抹殺することだった。

2:絶滅収容所ははじめから抹殺を目的とした機能の収容所で、ほとんどの絶滅収容所はヨーロッパ内で最も反ユダヤ主義の強かったポーランド国内に設置された。その中でも最も大規模で有名なのはアウシュヴィッツ絶滅収容所である。絶滅収容所での収容者は、主にドイツ人の純血を乱すと見なされた人種であるジプシー、精神病者、同性愛者、外国人、ユダヤ人、そして労働不可者(病人、子供、老人)など。
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by ck-photo | 2007-06-18 06:47 | 戦争と平和


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