名の記憶と木々の新年
すっかり書くのを忘れていましたが、1945年1月27日はアウシュヴィッツが開放された日で、近年ではそれを記念して毎年1月27日は国連が定めた世界ホロコースト犠牲者の追悼日だそうです。イスラエルのニュースではベルリンで行われた集会のようなものがチラリと放送されたくらいで、特に何もなかったような。イスラエルだとホロコースト記念日は5月ごろにあるので、この時季ではあまりピンとこないですね。今ではあちこちでホロコーストはなかったとかいろいろな説が出ていますが、歴史とは人が語ってゆくものだから時間や都合などによって事実からそれてゆく不思議なものですね。

ちなみにエルサレムには世界一大きなホロコースト記念館ヤド・ヴァシェム(名の記憶)があります。もう少し精神的に若かりし頃は何度か足を運びましたが、もう興味本位またはそれ以外の理由でも、行こうと思わない場所となってしまいました。特にホロコーストで亡くなった子供たちの博物館には行きたくない。薄暗い部屋に灯された何本ものろうそくが、張り巡らされた鏡に映って無数の数となって瞬いている。そのひとつひとつが亡くなった子供のいのちを現し、その灯火の中に子供たちの大きな白黒写真などが展示されている。そして亡くなった150万という数え切れない子供たちの名がエンドレスに呼ばれ続ける・・・。人としていたたまれなくなるというか、あそこへ行って何も感じない人はおそらくいないでしょう。また、敷地内にはホロコーストでユダヤの人々を救った人たちの名で木々が植樹されているのですが、日本人では杉原千畝氏の木が一本植樹されています。他にもワルシャワゲットー・スクエアやビジュアルセンター、などなどいろいろな建物があるので、ヤド・ヴァシェムに行ったことのない方は一度行かれるといいかもしれませんが、かなり精神的に疲れる場所ではないかと・・・。

そして話は変わりますが、日本では節分だった(すっかり忘れていた・・・)2月3日ですが、ユダヤの暦ではシュバット月の15日、木々の新年トゥ・ビ・シュバットでした。この日は今年初めてのディツ(ナツメヤシの実)やいちじくなどを食べ、木々の新年を祝います。ワインも白からロゼ、そして赤と一杯ずつグラデーションをつけたり、春の到来かな。

はじめてイスラエルに来た頃には、このいわゆる春を迎えるお祭りがどうしてこの真冬の時期にあるのかわからなかったのですが、よくまわりの自然を見てみる確かにオリーブやアーモンド、そしてポピーが咲きはじめ、野には新しい草が芽を出し小さな花々も咲き始めます。死海へ行く砂漠の山々にも、冬季にしか降らない雨のおかげでうっすらと生えた草で、この頃だけは緑色に染まります。なるほど、確かに生命が溢れて木々の新年にふさわしいなあと思える時期だったのですね。

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そして食日記。ベジタリアンを心がけるようになってから2、3週間でしょうか。時々浮気してお魚は食べますが、気持ちのよい食生活になってきました。かなり大味のかぼちゃ、squashというやつでしょうか。それとブロッコリーのオリーブオイル&ハーブのオーブン焼き。食べる前に練りゴマをかけてアクセントに。本当はブロッコリーはスチームしたほういいのでしょうが、でもおいしかったからOK。squashはべたべたするのであまり好みではないけれど、日本のあのほこほこしたかぼちゃが食べたくても、ないからしょうがない。


*コメントのお返事が遅れてますが、ちゃんと読んでますので~。
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by ck-photo | 2007-02-05 03:28 | 戦争と平和


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