ロシアン・パワー

1990年あたりにたくさんのロシアの人々がこの国に移住してきた。
ゆだやの人、そうでない人、いろいろな人がいた。

私がコンピュータの仕事をしていて、この国のいろいろなその関係の企業で出会うロシアの若者たち。ハイテク企業ではひょっとするとその40%(もしかするとそれ以上)ほどが、ロシア人ではないかと思うくらいに、オフィス内にはロシアの若者の姿とロシア語と、ロシア訛りのヘブライ語が飛び交う。いまや凄腕のプログラマーやそのほとんどが10代のはじめに、やはり1990年あたりに家族とロシアから、ウクライナなどからやってきたという。

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エルサレムの街角の音楽家たち。
彼らもまたロシアの音楽家だ。

年老いたおじいちゃんが、ベン・イェフダ通りで美しくも悲しいバイオリンを奏でる。
その足元には、いくらかの小銭が入ったボール。
かつてロシアで、このおじいちゃんは、きっとどこかのオーケストラで演奏していたのだろうか。
アマチュアでないことは、その歴史を語るバイオリンと、その演奏ですぐにわかった。

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そこから50メートルも行かないうちに、また音楽家たちがいた。一目でロシア人だとわかるこのカップル。いかにも芸術家的な風貌の男性の奏でるギターは、まるでジェリー・ガルシアのようでもあり、時を忘れてずっと聴いていたくなるほどだった。
もしかすると、この国に来る前には、どこかで彼はスポットライトを浴びていたかもしれない。

こうしてロシアの若者が街なかや企業にあふれ、ふと気づいた。それまでのイスラエルにはなかった礼儀というか、やはりひとつひとつの対応がしっかりとしていて、決していすらえる特有のイエ・ベセルデー(なんとかなるって~)的ではない。

ある時、訪れたヘルツェリアという地中海のそばの街の企業で、ロシア出身のプログラマーさんと仕事をしていると、カナダから移住してきた男性が言った。

「おお~、おもしろいなあ~。日本人とロシア人、キミたちが仲良く肩を並べて仕事をする姿!」
「なんでなんで???」
「だってお互いに敵同士だったやん」
「はっ?」
「日露戦争で」

そういわれてみれば、そうでしたね。って、いくらなんでも昔のことすぎますって!

と、まあ、そんな小話など、すっかり私はそんなロシアの人たちと文化に興味がわいてきた。
キブツなど、ロシアの社会教育など、これまでにもこの国とはかかわりが深かったが、それを越えた新しいロシアの息吹、そんなものが、この中東の地で根を下ろそうとしているのではないだろうか。1990年から16年過ぎた今でも、多くの若者がロシアから夢を掲げてこの国にやってくる。中東とロシア。ひょっとしないでも、この国の将来は、こうしたロシアン・パワーにかかっているのかもしれないと思った。







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ロシア音楽家ではないけれど、街角で見かける音楽家たち。
マハネ・イェフダ市場の音楽家。フォークギターの音がいかにもアメリカらしい。
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by ck-photo | 2006-07-09 03:06 | エルサレム・エルサレム


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