通りを照らすハヌキヤ
エルサレムの下町、シャアレイ・ヘセッド地区のアパートの入り口や通りに置かれたハヌキヤ。
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エルサレムの旧市街が描かれたガラス越しに映るハヌキヤの光。

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ハヌカも今夜で4日目を迎えました。エルサレムの自宅付近では、通りの家々の窓や玄関の前に置かれたハヌキヤに灯された火の光が、あちこちに温かく輝いています。

昨日の日没後、カメラを持ってウロウロと、シャアレイ・ヘセッド(よき行いの門)という名の地区へと。この辺りは、二軒に一軒はイェシヴァ(ユダヤの宗教学校)かシナゴーグ、はたまたイェシヴァの男子学生寮、という濃ゆい地区。イェシヴァへと世界中から集まってくる留学生も多く、スーツケースをゴロゴロと引きずる黒い帽子の黒い男の人影がアチラコチラに。そう言えば、昨夜はあの地区では一人も女性とは出会わなかったかも・・・。そのシャアレイ・ヘセッドに、ハヌカ通りと勝手に呼んでいる、あるひっそりとした通りがある。100メートルほどのこの短い通りの両側の家々のドアの前には、毎年、いくつものハヌキヤが置かれていて、なかなか美しい。

ハヌカは、BC2世紀(BC165年)のギリシャとの戦いで、ユダヤ暦のキスレヴ月の25日に、マカビーという少数のコーヘン(ユダヤの神殿に使える司祭のような役職の人たち)がエルサレムを開放しユダヤの神殿を取り戻した勝利を祝うもの。勝利後、ギリシャから取り戻したエルサレムのユダヤの神殿では、コーヘンたちが火を灯すオリーブ油が一日分しかなかった。しかし、それがなんと八日間、燃え続けたのだそう。そこで、ハヌカでは神の存在を忘れないようにと八日間に渡って、日没と共に一本ずつ、一日目は一本、二日目は二本、三日目は三本・・・と、ハヌキヤと呼ばれるオリーブ油に芯を入れたものに火を灯してゆく(家庭によっては蝋燭もあり)。上の写真は、アパートの入り口に置かれたハヌキヤたち。ハヌキヤにも色々なデザインがあっておもしろい。写真のようなボックス型は屋外に置く用。家の中のハヌキヤには、普通の一列に並んだ蝋燭立てのようなものが多いかな。

ちなみに、ハヌカの火の光は、ただ神の存在を忘れないために見つめる光でなければなりません。なので、ハヌキヤの火の光は、本を読んだり物を照らしたり、「使用」することはできず、そのために、毎日一本余分な火を灯します。そうすることで、仮にうっかりと、そのハヌキヤの火の光で本のページをめくったとしても、その余分の一本さんの光で読んだのよ、ということになるからなのですね。

ユダヤの法(ハラハ)では、各家庭にひとつ、ハヌキヤを持つようにとされている。その理由ははっきりしませんが、ユダヤの家庭は神殿を象徴するものだからというものもあれば、こういう話もあります。キスレヴ月の25日にユダヤが勝利するまでは、ギリシャはユダヤに様々なことを禁止しましたが、その中では、ユダヤの人々が宗教的なことを家の中で隠れてできないようにと、玄関のドアを閉めることが禁止されていた。そしてもはや、玄関のドアはドアとしての役割を失い、しまいにはユダヤの各家庭から玄関のドアが取り除かれることに。そしてユダヤに勝利がもたらされたのちは、玄関のドアを取り戻し、そのことから、ハヌカではハヌキヤを各家庭の玄関のドアの前に置くようになった。しかし、反ユダヤの歴史などにより、ハヌキヤは玄関のドアの前ではなく家の中に置かれるようになり、現在は外から見えるように窓際に置くようにと変化したと。

エルサレムの日が沈む頃、家路に向かうお父さんたちの姿。帰宅した家では、窓のそばでお父さんが「さあ、みんな集まって!」とハヌキヤに火を灯すのに合わせて、子供たちが幸せそうな歌を歌う。お母さんの揚げたてのスフガニヤ(丸いドーナツ)に、ユダヤの駒まわし。澄んだ空には大きな星座が見えはじめる。そんなハヌカの祭りは、なんとも言えない温かさというか、何かが心に染みる。じっと火の光を見つめるということが、なんとも心を洗ってくれるというか、そんな気がしてならない。通りの家々の窓に見えるオリーブ油の火の光などを見るだけでも、その日に起きたちょっとした嫌なことや大小諸々のことが、すーっと浄化されるような気がします。
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by ck-photo | 2005-12-30 05:24 | ユダヤの暦


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